時価会計の一時凍結?
2008年11月06日|弥永真生 筑波大学大学院教授| コラム | コメント (0) | トラックバック (1) |
■欧米の対応についての誤解
たしかに、世界的な金融市場の混乱を契機として、金融商品に関する会計基準との関係で、時価の算定に係る取扱いについて、アメリカやIASBが一定の対応を示しているが、現在のところ、いずれも、金融商品について時価会計そのものの凍結を容認したものではなく、流動性の著しく乏しい債券等の時価の算定等に係る取扱いを示そうとするものである。
IASBは10月13日に、国際会計基準第39号および国際財務報告基準第7号を改正するものとして「金融資産の再分類」を公表したが、これは従来、
・ 売買目的区分から他の区分への振替あるいは他の区分から売買目的区分への振替は、一切認められない
・ 売却可能区分から貸出金・債権区分への振替は、信頼性をもって公正価値の測定ができなくなったというまれな状況の下でのみ認められる
としていたものを、
・ 当該金融商品を短期間で売買することがなくなったというまれな場合には、売買目的から他の区分への振替を認める(売買目的から貸出金・債権区分への振替は満期までまたは予見できる期間にわたり、当該資産を保有する意思と能力を有することを条件とする)
・ 満期までまたは予見できる期間にわたり当該資産を保有する意思と能力を有する場合には、売却可能区分から貸出金・債権区分への振替を認める
と変更するものである。
これは、アメリカの基準と同様の要件で認めないと、競争上の不利益が生ずるというヨーロッパG8メンバー首脳会議による2008年10月4日共同声明を受けたものであり、理論的な根拠に基づく変更ではない(このような政策的判断を民間団体である国際会計基準審議会が行うことが適切なのかきわめて疑わしいし、このような改正を行った以上、国際会計基準審議会の会計基準に対して、これまでよりも強いロビイングが行われるようになることは容易に予想され、国際会計基準審議会の中立性は損なわれた、その基準の説得力は大きく低下したと評価することが的確といえよう)。
また、たしかに、アメリカの2008年緊急経済安定化法の132条は、「証券取引委員会は、公益の観点から必要または適切と認めた場合、いかなる発行体、いかなる取引形態についても財務会計基準書第157号「公正価値の測定」の適用を中止することができる」と定めた。しかし、そもそも、アメリカの証券取引委員会(SEC)は会計基準の設定権限を有しており、このような法文が存在しなくとも、財務会計審議会(FASB)の会計基準の適用を停止することができるのであって、132条は確認的な規定にすぎない。しかも、2008年緊急経済安定化法の133条も財務会計基準書第157号に代わる基準をSECが設定することを想定しているため、SECが財務会計基準書第157条の適用を中止するということが万一あるとしても、投資者保護というSECの目的に照らすならば、公正価値(時価)の開示を要求しないというということはまずあり得ないのではないかと考えられる。
■時価会計凍結論の限界
時価が信頼性をもって測定できない場合であっても、取得原価が有用な情報であるとはいえないことを考慮すると、時価会計凍結が直ちに市場価格を無視して、経営者が情報開示を行い、あるいは経営を行うことができることにつながるわけではないことに留意する必要があろう。たしかに、市場価格のみが時価とはいえない場合がある(日本の会計基準はそのような立場に立っている。アメリカの会計基準と異なり、市場価格の優位性を明示的には定めていない)という議論は成り立つかもしれないが、だからといって、市場価格を完全に無視して、モデルなどを使った理論値を求めることはできないはずである。モデルを用いる場合のパラメータは市場において観察される数値に基づくはずだからである。
また、時価会計を凍結したとしても、会社の取締役は含み損の部分を考慮に入れて配当等を決定しなければ、善良な管理者としての注意義務をもって職務執行したとは評価されないから――違法配当にはならなくとも――任務懈怠に基づく損害賠償責任を会社に対して負うことになろう。そもそも、時価会計を凍結したからといって、会社の財政状態がよくなるわけではなく、ただ、それを会計上の数値に反映させなくてよいということになるにすぎないからである。
なお、投資者に対する情報提供の観点から、会計基準を設定しているからこそ、企業会計基準委員会の開発・公表する企業会計の基準が「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に該当すると理解されているのであり、企業会計基準委員会は民主主義的統制に服していない組織である以上、政治的判断によって会計基準の内容を決定するにはふさわしくない。したがって、万一、企業会計基準委員会が時価会計凍結を決めたとしても、それは、企業の財政状態及び経営成績を適切に示すという目的に反することから、会社法上の規範としての効力は有しないし、それに従ったことによって、経営者が免責されると考えることも適当ではない。
もっとも、時価会計の凍結が適切であるかどうかという議論とは別に、たとえば、銀行などについての自己資本比率規制の基礎として、どのような(会計)数値を用いることが適当であるかという議論をなすことは可能であろう。
弥永真生 筑波大学大学院教授
やなが・まさお
東京大学法学部卒業。司法試験、公認会計士試験、不動産鑑定士試験に合格。東京大学法学部助手、筑波大学講師、助教授を経て、現職。
専門は会社法、企業会計法。
主な著書:『リーガルマインド会社法(第11版)』(有斐閣、2007)、『コンメンタール 会社計算規則・商法施行規則』(商事法務、2007)ほか多数。
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