[連載小説]戦う法務課長 第4話「契約交渉②」

2013年5月23日|北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
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交渉再開

 

 エレーナ・イワノバは、今までに感じたことのない妙な気分にとらわれていた。この、目の前にいるLegal Managerの肩書きを持った男は、表情を変えず、政府保証の必要性について説明を行っている。「予算の枠組み上、政府としては各1年分の支払いしか保証することはできない。また、民間業者と連帯して債務を負担する内容にはできない。あくまでも、民間企業間で支払いについて協議を行うべきであり、どうにもならない場合にのみ政府が保証するという仕組みにすべきである」とエレーナは、財務省の高官から厳命を受けている。簡単には、日本側の要求を受け入れるわけにはいかない。

 エレーナは、負けずに、政府としての対応の限界を説明する。通訳のシドロフの説明に、その男は、予想の範囲内という表情で頷いた。

 「日本側が、あくまでも支払全期間をカバーする保証を要求するならば、本件はなかったものとして、我々の条件を受け入れる別の企業を探すまでです。別に日本企業に限りません」

 エレーナはそういい切った。その男の隣にいる営業と思しき男の表情が一転落ち着かないものとなった。

 「休憩しましょう。お互いにクールダウンしたほうがよさそうだ」

 その男は、通訳にそう伝えた。

 

反撃開始

 

 「隼さん、モスクワの弁護士からファックスがきていますよ」

 シドロフが数ページの書類を隼に手渡した。

 待ち望んだものがきた。昨晩、政府保証のとり方について過去のいくつかのケースに基づいたアイディアをモスクワの弁護士に連絡し、検討してもらうよう依頼していた。

 

(モスクワの弁護士のコメント要旨)

 

 主たる債務者である機械の購入者に手形(Promissory Note)を発行させる。支払期日に、手形を提示し、主たる債務者が支払わない場合には、政府が支払う旨の確約を手形裏面に記載させる。

 

 政府保証については、予算措置に関する法律を調査したが、1年の予算期間を超える保証を出すことは非常に難しい。ただし、本売買契約のスキームを記述し、その内容を認知するとともに、毎年一定期日迄に当該年度分の保証についての予算措置をとることを確約させる書面に政府が署名することは、特段、法律上の制限はない(ただし、法的な拘束力はない)。

 

 横からファックスを覗き込んだ機械部門の課長は、がっかりした。

 「これじゃ、ご破算にするしかないですかね」

 「いや、これで十分。政府との話をまとめる道筋が見えてきた」

 隼は、今日35本目の煙草に火をつけた。もはや舌の感覚がない。

 隼は、シドロフに、交渉再開する旨をロシア側に伝えるよう指示した。

 

困 惑

 

 エレーナは、隼の落ち着き払った様子に不可解なものを感じていた。どうして、この男はこんなに落ち着いていられるのだろう。

 隼は、淡々と、手形発行による支払可能性の確認スキームを説明した。主たる債務者が支払えない証拠としては、提示した手形に主たる債務者が支払えない旨の文言を記載し、政府に回すというものだ。次に、保証期間については、全支払期間をカバーすることについての基本合意と、各年度の予算措置を講じて1年分の支払いを保証する保証書を提出することを確約させるいわゆる「基本契約」を締結するアイディアを説明した。

 「1年分の保証義務を超える内容の義務が発生する書面にはサインできません」

 「基本契約の内容は、直接法的な義務が生じない内容にします」

 隼は、エレーナに契約書の草案(ドラフト)を提示した。それは、10頁ほどの契約書であったが、エレーナはざっとポイントになると思われるところに目を通した。

 

思 惑

 

 交渉は、今日4度目の休憩に入った。すでに、夜の8時を回っている。保証以外の契約上のポイントについては、ほぼ、整理がついた状態だ。

 隼は、これまでの交渉の状況を簡単に本社へ報告した。案の定、本社側では法的拘束力のないものに署名させることの意味が理解できない様子だった。(続)

 

(次回は530日更新予定です)

 


【バックナンバー】

3話「契約交渉①

2話「契約内容の検討」

1話「契約作成の依頼」

北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

きたじま・たかゆき
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
87年早稲田大学法学部卒業、日商岩井株式会社(現・双日株式会社)入社。ロンドン駐在、同社法務部部長補佐を務めた後、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社法務部ディレクターを経て、06年ユニリーバ・ジャパン株式会社入社。12年4月より現職。國學院大學非常勤講師(国際取引法)。

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