[連載小説]戦う法務課長 第29話「新人教育編⑪」

2013年11月14日|北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
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ミシマは、合弁会社に出資をしており、合弁会社の資金調達のために保証を差し入れている。一方、ミシマの海外子会社であるミシマ・アジアを通じて、製造原料の供給を行っている。また、国外への輸出販売権をミシマが掌握している。

ミシマが、合弁会社の株主という立場と、合弁会社に対する取引上のカウンターパートという二つの顔を持っていることになる。SDF社は、ミシマ・アジアからの原料調達は、価格がcompetitiveでない、すなわち競争的でない、との指摘を以前から行っているが、間が事前に説明したところでは、それでもマーケットでの調達価格に比べて、2%程度しかかわらず、かつ、安定的に供給できているとのことであった。

ただし、ミシマ・アジアとしては、安定的に売上を計上できる相手があり、売上高の相当部分を占めていることも事実であり、さらに、輸出販売のほうが国内販売より利ざやが高いと思っているようで、SDF社からしてみるとミシマは「旨い」思いをしている、ということになる。

さらに、ミシマが過去に派遣してきた日本人駐在員のコストに関する補填がなかったことも、SDF社としては、合弁会社の収益圧迫要因であると主張しつづけてきた。ミシマとしては、合弁会社に対する出資額および債権額(保証を含む)を考えれば、経営管理の部分については、現地に任せることで内容が不透明になることを恐れての駐在員派遣であったが、内容が明確になっていながらも抜本的な改善手段を講じてこなかった、との批判はあながち的はずれではない、と湊は感じている。

一方、SDF社は、現物出資した製造設備の使用方法をライセンスする、すなわち技術指導という名目で、ライセンス料を合弁会社の売上高に連動して徴収している。

これは、立ち上げ時の交渉の結果の妥協の産物ではあるが、すでに相当年数がたっており、現状では技術指導の実態はなく、自動的に売上からライセンス料が控除される。これも、本来であれば、配当と同じように考え、合弁会社に十分な余剰利益が出てきた段階で支払われるような仕組みにすべきであったのだろう。間が、東京へ送ったレポートにもこの点が指摘されている。

柴は、この合弁事業の決定的な問題点をすでに見抜いていた。一言でいえば、「利益が出る前に、取れるところから回収」という両社の方針が、合弁会社にとり必要な体力を蓄える機会を奪ってしまったということだ。

 

説 明

 

「お互いにこれまで直前の利益確保に目をとらわれ、合弁会社の成長・発展ということを見据えた経営をしてこなかったこと、そして、お互いの約束事項が、有名無実となったことも原因でしょう」

柴は、さりげなく、SDF社が出資比率に応じた資金調達協力(具体的には、借入金融機関への保証差し入れ)の義務を履行していないことを指摘した。

「確かに、その点については、ミシマにお世話になっていることは事実ですな。しかし、まあ、これまでのことはとやかく言ってもしょうがない。このわれわれの合弁会社を盛り返すためには、さきほどの提案をミシマで前向きに検討してもらえるかどうかにかかっているといっても過言ではない、と思っています」

SDF社の販売担当重役は、それ以上深追いをせず、話題をきりかえた。過去のことをいえば、お互いに弱みはいくらでもある。そこをあげつらっても、何のメリットもない。

彼は、SDF社の社長を含む重役陣からあたえられたミッションをもう一度頭のなかで確認した。それは、「ミシマから、ミシマの競合である化学品メーカーとの関係にシフトせよ」というものだ。つまり、ミシマとの関係を断ち切るとまではいかないまでも、合弁会社におけるミシマの発言権を弱め、競合化学品メーカーの参入により、製造設備を改善し、製造量をあげる環境を整えることが彼らの第一目標である。ミシマからは、新たな資金が出てくることはさすがに難しいであろうとSDF社経営陣も読んでいる。

外は、暑い。会議室にはクーラーが十分に聞いているとはいえ、何ともいえない熱気に包まれるような感覚に、柴は自らを奮い立たせるように言った。

「もう少し、SDF社側の意図をお聞きしたいものですね」

販売担当重役は、少し間をおいて話し始めた。

 

反 応

 

「われわれの提案に出てくる第三者とは、おそらく御社もご存知の化学品メーカーです。もちろん、日本の会社ではない」

営業部隊の柴、間は、とっくの昔にその存在に気がついている。ミシマのベトナムでの商圏に触手を伸ばそうとしているのは、タイ、またはフィリピンの化学品メーカーであろう。

SDFとしても、この合弁会社をこのままにしておくわけにはいかない、という結論に至っています。まずは、製造効率を上げなければいけない。そのためには新たな資金が必要だが、販売管理費や原材料調達費を少々削ったところで、本格的に業績が上向くには程遠い

販売担当重役は続けた。

「ミシマとしても、これ以上の『支援』はおそらく難しかろう、とこちらは判断しています」

柴は、かたわらの隼をちらりと見た。手元には、Joint Venture Agreement(合弁契約書)のコピーがある。湊は、会議の模様を聞き漏らすまいと身構えている。

「ミスター・ハザマも、いろいろと本社には報告をされていたようだが、なかなか物事が進まない。そこで、こちらからの提案、となった次第です」

柴は、話をどう進めていくか、思案した。このまま相手の意向を聞き続けても、詳しいところまでは入っていかないであろう。

「いくつか質問があります」

それまで、SDF社の話に無反応のように見えた隼が口を開いた。

SDF社のプロポーザルのなかに、1SDF社が保有する株式の第三者への譲渡、と2SDF社が指名する第三者への株式発行とあります。この12のいずれかを選択するつもりなのか、それとも、両方ということなのか説明して頂きたい」

「それは、これからの両社の話し合いによります。よりよい方向で行きたいと考えています」

販売担当重役は、軽くいなした。こんな序盤でこちらの手の内を出してたまるか。

「では、SDF社としてはSDF保有の合弁会社株式の譲渡の場合、いくらぐらいを想定しているのでしょうか?」

「ミシマにとってみれば、SDFが保有している株式を譲渡するのだから、別に出資比率が下がる、ということはないので心配する必要はないのでは?」

「確かに、株式譲渡の場合はミシマがdilution(資本の希薄化)によって、出資比率、つまり経営上の発言権が下がるということはないですね。しかし、譲渡代金は、SDF社へ入る。これがどうやって、合弁会社の経営改善につながるのですか?」

販売担当重役は、言葉に詰まった。

「もちろん、確かにそれだけでは改善につながりません。したがって、われわれのプロポーザルは、合弁会社の株式を新規発行しそれを引き受けるかたちで第三者から資金を調達しよう、というものです」

柴は、販売担当重役が、隼の質問に翻弄されかけているのに気がついた。販売担当重役も話をしながら、最初の自分の発言との矛盾に気がついたようだ。

「ということは、最初から二本立てで考えている、ということですね」 

隼が何事もないかのうように言う。

「では、どの程度の新規発行を考えているのか、お聞かせ下さい」

「それは、ミシマが依然として、最も出資比率の多い株主となることが必要条件であると、われわれも考えていますが」

間は、このやりとりを聞きながら、出資比率において最大のシェアを保持できるのであれば、悪いことではないのでは、と湊のほうを見た。湊も間の気配を感じたようだが、思いのほか厳しい顔をしている。手元にあるメモを繰り返しみているようだ。

 

懐 柔

 

「ミシマにとっては、合弁会社に対するexposure(投融資残高)の圧縮が、課題ではないのですか? 第三者を入れることで、大幅に圧縮されることになると考えますが」

販売担当重役が、やや気を取り直したかのように続けた。

「ミシマは、現在も原料供給と製品の販売で物流収益を得ているが、一方で、過大なexposureがミシマの財務体質に、決していい影響を与えていないと思います。しかし、それが少しでも軽減するのであれば、商圏の一部を第三者と共有、または譲り渡す、ということも、よい選択ではないかと思いますよ」

柴は、内心、余計なお世話だと思いながらも切りかえした。

「われわれは、投資収益、つまり配当による収益と物流収益の両方のバランスをとりながら合弁会社を運営していると理解しています。原材料の調達だって、長期のユーザンス(支払猶予期間)を設定している。市場から直接合弁会社が購入しようとすれば、即金での決裁か信用状(Letter of Credit)による決済を求められるでしょう」

信用状による決済とは、合弁会社がベトナム国内の銀行(Opening Bankという)に対して、銀行が一定条件のもと確実に支払いを行う旨の信用状の開設を依頼し、当該銀行と取引があり、原料供給者が所在する国にある銀行(Advising Bankという)に対して、信用状の開設を通知し、原料供給者が作成・発行した船積書類と引き換えに代金を支払うものである。Opening BankAdvising Bank間で資金のやりとりをすることで、原料供給者は信用状さえあれば、安心して製品を輸出することができる。

ただし、プロジェクトを管理する立場にある柴としては、この事業に見切りをつけるのか、あるいは起死回生を狙うのかの判断が求められる。もし、第三者の資金を導入し、ミシマとしてはこの事業から徐々に撤退し、損失を最小限に抑えることができれば、それは1つの結論であろう。化学品部門は、新たな投資戦略を練り上げているところであり、そのなかでこの事業の位置付けは宙に浮いているといってよい。

ベトナムへ製造販売拠点を持つことは、化学品部門におけるアジア戦略上大きな意味を持つことは間違いない。工場設備をさらに拡張し、製造の効率化を図ることができれば、日本や韓国向けの輸出商いが潤おう。正直にいって、ベトナム国内取引であがる収益にインパクトはない。ミシマにとっては、輸出取引こそが現在の合弁事業からの主要な収益ともいえる。

SDF社としては、そうした部分をミシマに独占されているのは面白くない、と考えているようだ。それがわかっているからこそ、何とか、輸出取引への介入を図るべく、第三者の「金主」を手当てしてきたのだろうと思われる。

 

平 行

 

ミシマが、SDF社のプロポーザルを認めた場合、それぞれの出資比率の数値をみれば、ミシマが最大の出資比率を持つ株主となる。一方で、SDF社と第三者が結託した場合、容易に過半数を超えるため、ミシマの意向は何一つ通らないことになる。

「ミシマとしては、ジョイント・ベンチャーの帰趨については、一定の年限を区切ってめどをつけるべきだと考えています」

柴は、ペースをなんとか取り戻そうとしている。

このままでは、平行線だ。

「と、申しますと?」

販売担当重役が先を促す。

「合弁事業を行うにあたっての基本に戻る、ということですよ」

湊には、柴のいうところがよくわかならい。こっそり、隼を見る。隼は、柴の話し振りに満足しているようだ。

「つまり、例えばこれより3年間、期間収支でみて黒字化できない場合には、この会社は清算する、ということです」

柴は、言い切った。大きな賭けである。SDF社がどう出てくるか。

「もちろん、3年間手をこまねいているわけではありません。この間に減らせるコストは減らすとともに、収益拡大、すなわち生産効率の拡大のための必要な措置を講じる、ということです。幸い、現在の設備にある程度の手直しをすれば、飛躍的とは言わないまでも、黒字化するに十分な製品の生産は可能であると思っています」

間は、柴が自分の書いたレポートを詳細にまで読んでいることを初めて知った。今、柴が言っている提案は、間としては、可能性は少ないながらも、ミシマがとるべきオプションの1つとしてあげたものだ。そのためには追加資金の投入が必要だが、期間収益、つまり単年度の収支で黒字に転換することは可能である。累積した損失の一掃とはいかないが、次の手段を講じるための足がかりとすることができる。

間としては、期間収益が黒字になれば、その後3年ほどで累損(累積損失)にめどがたち、配当に回せるだけの余剰が出てくる計算である。しかし、計算どおりにいくとは限らないし、ミシマとしてはこれ以上の追加資金の投入は避けたい、という事情も間は十分に理解していた。前に進むか、後退するのか。どちらにしても、苦難の道が待っている。

 

筋 論

 

「ミシマとしては、このままジョイント・ベンチャーを継続していく意向があるということですか?」

販売担当重役は、柴を試すような言い方をした。

「それは、これからの話し合いで、SDF社の提案の真意やミシマに対する影響を十分に考慮した上で決めていくことになります。仮に

と柴は、隼をちらりと見ながら続けた。

SDF社として、ミシマの本合弁事業における発言を弱めることが目的であるとすれば、いや、そんなことはないと考えていますが、結果的にわれわれの思惑と大きく外れるようなことになれば、やはり考えざるを得ないところでしょう」

「ということは、撤退も辞さず、ということですか?」

販売担当重役は、ミシマは決して、この段階での撤退はありえないとみていた。この日本の会社は、判断を後回しにするだろう。いまここで、撤退する、ということは、ミシマとしては大きな損失が明らかになる。

場が、膠着したようであった。間も湊も息苦しさを感じる。早くこの場から逃げ出したい。そんな気持ちにかられる。

SDF社が保有する株式の第三者への譲渡は、ミシマとしては異存はないと思います。その結果として、出資比率に応じた債務保証をミシマへ差し入れて頂けるということは、ミシマのエクスポージャー(投融資残高)を減らすことにつながるので、やはりウェルカムです」

柴は、当たり前のことを、当たり前のように言った。ここからが正念場である。

「しかし、輸出販売権をミシマと共有する、というのは、どうにも筋が通りません。また、原料供給に関しても、ミシマ・アジアより安く安定して供給できるとは思えません。われわれは長期に渡り、安定的に原料を供給してきたのです」

販売担当重役は、柴の筋論をあたかも予想していたかのように、大きく頷いた。

「まさに、そのとおりだと私も思います。しかし、われわれの合弁会社の現在の状況を打開するためには、どうしても第三者からのフレッシュ・マネーを注入する必要があります。ミシマがさらに、追加資金を投入するというなら別ですが」

そうだ。追加資金投入までのコミットはここではできない。柴が、唇を噛んだ。

「確かに、ミシマとしてこれ以上の資金を投下するのは、難しいでしょうなぁ。でも、SDF社の提案をもとに、何とかやりようがありそうですけどね」

隼の言葉に、販売担当重役は面食らった。

 

利 用

 

「フレッシュ・マネーが入ってくることは大いに結構ですね。また、投資に見合う応分の負担をしていただける株主、というのも、合弁事業が運命共同体であることを考えれば,好ましいことです」

隼のちょっとした皮肉である。

「したがって、あらたに出資参加する第三者としては、それに見合う見返り、つまり権益がないとやっていけない、ということでしょうね」

柴も間も、隼の言に驚いている。一体、この男は何を言おうとしているのか?

「で、ミシマとしては、どうお考えですか。あなたは法務の方でしたな。法務の人間がこうしたコマーシャルな条件について口を挟む、といったことがミシマでは当たり前なのでしょうか」

販売担当重役も精一杯の皮肉を言った。

「うちは人使いの荒い会社でしてね。法務だろうが経理だろうが、営業感覚なき者は去れ、という風潮がありましてね。したがって、こうした交渉の場にも出てくれば、発言もする」

湊は、以前、乾から聞いていた「隼らしさ」というものが、今、これから展開されるのではないか、という期待を感じた。

「少し、ブレイク(休憩)しませんか。われわれも内部で少し話し合いたい点がいくつかある。そちらも、これまでのやりとりでいろいろと考えることがおありでしょう。そうだ。いっそのこと、明日の午前中に、再度打ち合わせるということでどうですか?」

隼の勝手な提案に一同、唖然としている。

「それとも、今日中にミシマからの返事が必要ですか?」

「いや。こちらとしても、確かに少し練り直したいポイントもある。会議は明日にしましょう。ミスター・シバ、今度は、SDF本社でやりませんか?」

柴が、隼を見た。隼は、目でOKの合図を送った。

「では、明日10時に御社のオフィスで宜しいですか?」

会議は延期された。(続)

 

(次回は1122日更新予定です)

 


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5話「契約交渉

4話「契約交渉

3話「契約交渉

2話「契約内容の検討」

1話「契約作成の依頼」

北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

きたじま・たかゆき
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
87年早稲田大学法学部卒業、日商岩井株式会社(現・双日株式会社)入社。ロンドン駐在、同社法務部部長補佐を務めた後、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社法務部ディレクターを経て、06年ユニリーバ・ジャパン株式会社入社。12年4月より現職。國學院大學非常勤講師(国際取引法)。

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