[連載小説]戦う法務課長 第30話「新人教育編⑫」

2013年11月22日|北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
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一 考


ベトナムでのジョイント・ベンチャーのパートナーであるSDF社との交渉は、一筋縄ではいかない。ミシマとしては、即時撤退と言い放つことは、多額の損失を明るみに出すことになる。そのことは、現在、平行して進められているプロジェクトへの資金投入に大きく影響する。会社の判断としては、損失の穴も埋めないで、あらたな投資を実行するなど認めるわけがない。柴は、そう確信していた。

かといって、SDF社のプロポーザルをすべて飲むことは、ミシマのアジアにおける化学品戦略上、大きな後退を強いられることになる。合弁会社が製造する製品の販売は、ミシマがそれこそ血の滲むような努力をして築きあげてきた。ようやく、長期販売契約のめどがたちそうな相手が数社出てきたのである。長期販売契約さえできれば、3年から5年は安定した収益が見込める。同時に、コストの見直しを行い、またSDF社より合弁会社向けの債務保証について応分の負担を取りつけることで、ミシマのエクスポージャー(債権・投資残高)を適正なものとし、ようやく、「事業」としての格好がつくことになる。

柴は、自分の頭のなかの青写真が実現するためには、いくつもの障害があるのを十分に承知していた。あの化学品部門長は、そこまで悠長なことを認めるわけがない。適当なところで損切りを行い、ただし、自分に及ぶ責任を最小限にするための、ありとあらゆる工夫をするだろう。所詮、役員などというものはみずからのポジションを確保するという生き残り戦争に嬉々として入っていくようなものだ。
 そして、皮肉なことに己の保身に汲々として頭を働かせることが、往々にして、会社の一時的な利益確保の路線と合致するのである。ありえない偶然の連続。日本の会社の役員をその地位にとどめているのは本人の実力でも見識でもなく、そうした「偶然の産物」ではないか、という思いに柴はとらわれることがある。だからこそ、自分がその立場までのぼり、すべてを変えたい。柴はそういう情熱を、長年、純粋なものと信じてきた。同じ土俵にあがらなければ、勝負できないではないか。しかし、それは「情熱もどき」であり、自分も権力、つまり予算承認権限と人事権(すなわち、カネとヒト)を掌握したいだけなのかもしれない。柴は、これまでのキャリアに疑問を抱き始めている。


 


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