[連載小説]戦う法務課長 第35話「新人教育編(17)」

2014年1月10日|北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
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しがらみ

 

峰は、以前、資金の効率化をめざすために、優良の融資債権を売却したことがあった。営業部は、「金の切れ目が縁の切れ目」といわんばかりに大反対した。「貸主」という立場を維持することが、営業活動においても有利に働く、あるいは、債権を売却することが良好な関係に水を差す、というのが反対の理由だった。債権者とはいえ、融資債権を他社へ譲渡するためには、債務者の承諾が必要である。融資債権には、通常担保がついており、担保についても新しい債権者に移転しなければならない。

なぜ、そんなことをわざわざ顧客に言いに行かなければならないのか、という営業部の不満はもっともなところもある。資金の効率運用は、高度に経営上のマターだ。トップダウンでしか、営業部の「しがらみ」を断ち切ることはできない。どうにかこうにか苦労して売却にこぎつけた峰としては、債権の売却にはトップの強力なリーダーシップが必要だと強く感じるようになった。

「本件は、経営会議で承認されたんだ。それに従うのがトップマネジメントであり、その下に続く部下の責務だろう。営業部門といえども、例外ではないさ」

財務担当役員は、他人事のように峰に言った。ところが、現場の営業担当者と財務の担当者との間では、そう簡単には行かない。峰は、どうにも非協力的な営業部に手を焼く若手財務担当者のために、何度か財務担当役員に営業部門の担当役員に話をしてもらうように依頼したことがある。とてつもない根回しの苦労。何の生産性も利益も生まない会議の連続。峰は、こうした内向きの仕事に情熱を傾けるタイプではなかったが、物事を進めるためには、やむを得ず、その信念を曲げたことも一度ではない。

「とにかく、一度、関係する営業の部長以上にメールを入れて頂ければ十分です」

便利な世の中だ。面と向かっていいにくいことは、メールという手段がある。一方的に意思を伝えるだけの無味乾燥な文章も、峰が起案し財務担当役員名で出すのがしばしばだった。

「まあ、いつもどおりだな。私の名前でよければいつでも使ってくれ」

峰は、いつもどおりの指示に、表面上は満足そうな表情をしながら、財務担当役員の部屋をあとにした。

 

調 査

 

湊は、法務部の書庫である本を探していた。ミシマの法務部の書庫は、会社の規模のわりには充実している。判例・法律雑誌のバックナンバーがほぼ揃っており(書庫にないものは、たいてい隼が自分の机の上に積んである)、主要な法律図書が揃っている。隼は、書庫の充実化に力を入れていた。また、図書だけでなく、過去の取引事例やノウハウをまとめたものや、サンプルの契約書のファイルが並んでおり、法務部の共有サーバーにはそれらのデータベースが構築中だ。データベースについては、隼の指示で、もっぱら乾と堺が構築を続けている。

「そりゃ、法律事務所に聞いたら、それなりの回答と資料がアウトプットされてくるだろう。でも、そういつも聞けるわけでもないし、やはり弁護士を動かすとLegal Feeがかかる。自分で調べつくした上で、代替案を考えたりすることが、法務マンとして重要な素養の1つだ」というのが隼の口癖だ。みずから調べて考えることを繰り返すうちに、自然と目の前にある情報だけでも何とか対応しようという頭の働き方になってくるのだという。

ようやく見つけ出した。ページをめくると、目当ての記事があった。「資産売却の類型とその実務」の章を読み始める。なかなか、自然に頭に入ってこないので、該当ページをコピーしてじっくり読むことにした。

席に戻り、湊は見つけた本のコピーを読み始めた。ところどころ分からないところもあるが、マーカーで重要と思われるところには印をつけていく。ようやく、「資産売却の手法」という核心に触れるような章に入り、湊は見慣れぬ言葉に面食らった。「資産売却の手法としては、債権譲渡方式(Assignment)とリファイナンス(Refinance)がある、と記している。

「リファイナンス」って何だろう。

「ふーん。ずいぶん、また古い本をみているなぁ」

湊の背中越しに隼が話しかけた。

「資産売却の方法っていうのがよくわからなくて、確か書庫に関係する本があったと思い、探し出したのがこれだったんですけど・・・。古いから、あまり使えないのでしょうか?」

「いや、そんなことはない。版が古い本でも、今でも十分に使えることが書かれているものがある。大切なのは、書庫にこもって調べる、ということ。普段、流れていく仕事のなかで、本なんか読んで勉強している暇はない、と思うかもしれないが、地頭を強くするためにも、自分で必要な法律事項を調査することは非常に大事なことだよ」

乾は、隼と湊のやりとりをみて、前職の会社で、ある事柄に関して、文献や資料にあたって調べていると、営業部隊から「勉強」していると思われ、冷ややかな言葉を浴びせかけられたことを思い出していた。

「アウトプットを出し続けることは大事だが、そのためのインプットはもっと大事だね。もっとも、インプットすることばかりにエネルギーを割くわけにはいかない、というのが会社だけど」

乾は、常にアウトプットを求められ続けて疲弊していた頃のことを思い出した。徐々に、中身のないコメントや仕事内容になっていく自分に気がつきながらも、アウトプットを出し続けなければいけない辛さ。何か新しい知識を吸収しようと思い、社外のセミナーへの参加を上司に願い出たが、なかなか承認されず、そのうち参加そのものを諦めたこともある。

ミシマでは、当面の業務に直接係わり合いのない内容のセミナーであっても、隼の判断でたいていは参加が認められる。また、業務上、必要と思われる書籍については各人が目に付いた時点で購入し、経費精算してよいことになっていた。書籍や研修に関する予算を隼は可能な限り多くとるべく、毎年、予算交渉のときにかなり四苦八苦しているようである。

「丁度いい。皆揃っているようだから、債権の売却について、ちょっと基本的なところを確認することにしようか」

隼が、皆を会議室に呼んだ。

 

方 式

 

「資産売却、特に債権の売却には2つの類型が考えられる。湊さん、ちょっと今読んだ資料をもとに簡単に説明してもらえる?」

湊は、ホワイトボードに向かい、やや考えた後に以下のような相関図を書き上げた。

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Refinance方式の場合、Borrowerの承諾はいらないのかな?」

堺が質問した。Refinance 方式は、いわば契約の更改(民法513条)にあたると考えられるが、Assignmentの場合と比較してBorrower、つまり債務者の承諾は不要なのだろうか。

「おそらく、承諾というかたちではなく、新たな契約に入る、という合意が必要なんだろうと思います。その意味では、AssignmentRefinanceも、あまりかわらないのではないかと思います」

湊が、やや自信なさそうに答えた。形式的な違いはわかるものの、資産売却という実務のなかで何がどう違ってくるのか、まだ湊は理解できていない。

Assignmentだと、多分、融資債権に付随している担保も自動的に移るんじゃないでしょうか。Refinanceの場合は、いったん担保を解除し再度Purchaserに担保提供する必要がありますよね」

乾が補足した。堺は、まだ釈然としないようだった。

「でも、Refinanceの場合、Borrowerはいったん借りている金をかえさなきゃならない。それって、Borrowerに大きな負担を強いることになり、到底、受け入れられないんじゃないでしょうか」

ふと、湊が思い当たった。

「どちらも、資金の流れが同じタイミングで行われるとすれば、RefinanceでもBorrowerには資金負担がおそらくかかりませんよね。つまり、BorrowerLenderに返済する資金をPurchaserから融資してもらうことで瞬時にして、Lenderが入れ替わることになるじゃないですか」

なるほど、と堺が頷く。隼は、3人のやりとりを興味深く見ていたが、満足そうに口を開いた。

「資金の流れによく注目できたね。融資債権の売却、債権譲渡方式であろうとRefinance方式であろうと、資金決済は瞬時に行われる構造にしないとお互いに大きなリスクをかかえることになる。融資債権の内容、担保の状況、Purchaserの意向、債務者の意向等のすべてが合致しないとできない取引だ。その意味では、お互い最も利害が対立しながらも、取引を完結させる、つまりDeal Closeするために、相互に最善の努力をしなければならない。債権譲渡方式でのポイントは、次のとおりだ」

 

【債権譲渡方式のポイント】(隼の説明)

 

   譲渡対価を合意する必要がある。譲渡対価によっては、Lenderに売却損が発生する(売却益が出る場合はあまりない)。

 

   融資契約の準拠法に基づいた有効な債権譲渡の手続を踏み、かつ、対抗要件を具備する必要がある。債権譲渡については、債権譲渡契約を締結する必要があるが、文書の作成地によっては、印紙税(Stamp Duty)が課税される場合がある(例えば英国等)。

 

   債権譲渡後、譲受人はBorrowerに対して、直接融資債権を回収する権利を持つ。

 

   債務の返済に関する条件は、Borrowerが合意しない限り一方的に変更することができない。

 

一同、だいたいのところは理解したようだ。湊は、融資債権の根拠となる契約の準拠法にまでは思いが至らなかった。

「さて、一方のRefinance方式だが、こちらも決して楽な方式ではないが、うまく当事者の意図がかみ合えば、実に大きな効果を発生する」

隼は、Refinance方式のポイントを次のとおりにまとめた。

 

Refinance方式のポイント】(隼の説明)

 

   Borrowerの返済能力に問題がなく、かつ、Purchaserとして,既存の融資条件もよりも金利面で魅力的なオファーが出せれば、BorrowerとしてはRefinanceをしたい。

 

   Refinanceであれば、Lenderは返済期間満了までの所定の金利収益は減るが、元本全額は返済されるため、いわゆる「売却損」は発生しない。

 

   ただし、Borrowerがいわゆる繰上げ弁済(prepayment)に応じない場合がある。

 

   RefinanceBorrowerPurchaserで新たな融資契約を締結するので、Lenderが有していた担保は、すべてPurchaser向けの担保へと変更される。

 

   RefinancePrepaymentは同じタイミングで行われる。

 

「うーん。こうしてみるとRefinanceのほうが、損失を認識しない分、会社にとってはいいのかなあ」

堺が、湊の書いた図と隼のまとめた説明の両方を見比べながら、呟いた。

「会社の決定は、どちらで行くかまでは指示されていないんですよね」

資産売却の稟議決裁通知書に目を通していた乾が隼に確認する。

「そうだ。どの方式を使うかは、現場に任されている。Purchaserが複数の場合は、この2つの方式を組み合わせて処理されることになる。逆に、Borrowerが一社で、複数の融資債権がある場合には、Refinance方式をとったほうが、Borrowerとしてもいいかもしれないね。Refinance方式は、住宅ローンの借り換えのようなものだ。かつて、高い金利でミシマから資金を調達したが、今は市中からもっと安く資金が調達できるかもしれない。で、あれば、全体としてみたときにRefinanceを受けたほうがBorrowerとしては、『得』ということになるだろう」

「そして、Lender、つまりミシマは、元本全額を短期に回収することができる」

乾が、隼の確認を促しながら、補足した。

「でも、所定の金融収益が減っちゃうのは痛いんじゃないですか?」

堺が、質問した。湊も、同じような疑問を持ったらしい。

Loanのようなファイナンスをする場合、金利から得られる金融収益だけじゃなくて、様々なFeeBorrowerからもらうのよ。Loan Agreementに書いてあるけど、Front FeeとかCommitment Feeといったものがそれにあたる。それに、ファイナンスの目的は、通常資材の購入や建築工事代金の支払いに使用されるけど、そちらの調達や工事でも、取引にミシマが関与すれば手数料というかたちでミシマは利益をあげることができる。つまり、商社のファイナンスと金融機関の融資の一番の違いは、収益の源泉を、融資債権からのみ求めるか、もしくは関連付随する取引に積極的に関与することで得られる収益も含むか、ということにあると思う」

乾のまとめに、隼は満足そうに頷いた。

「そのとおり。さて、融資債権の売却の方式は理解できたかな。そろそろいい時間だから、場所を変えて話を続けようか」

また、隼は近所の小料理屋で続きを話すつもりだ。乾が釘をさした。

「そうですね、ほどほどに」

 

逡 巡

 

ドイツの投資銀行であるクラインゲルド日本支店のカール・ヒュッテルは、フランクフルトにある本社との長い電話会議をおえて、やや疲れた表情をみせていた。ミシマと秘密保持契約を締結した上で入手したリストの情報では、最終的な見積もり金額を提示することは難しい、との本社側の主張に対して、各融資債権の精査をしてから、ということになるとミシマが資金を入手したいスケジュールに間に合わないこと、および、精査に入ってしまった場合、後から取引を中止することは難しい、とカールは食い下がった。

ミシマは、クラインゲルド日本支店に利益をもたらしてくれる上顧客だ。「丁重」に扱わないと、すぐに競合する他社に取られてしまう。つまり、ミシマから一括して融資債権を購入できれば、双方にとってメリットのあるかたちでおさまるはずだ。

カールの食い下がりに対して、本社は、いくつかの条件付けをした上で渋々ながら見積もり金額を提示してきた。つまり、買取の上限金額である。上限金額をこえる事態が発生した場合には、再度、本社の承認を得る必要があるが、カールはこれまでの経験から、上限金額をこえた案件はすべて再承認申請で否決されると読んでいた。本社からの提示された上限金額は、カールが予想していたものより若干高かった。つまり、彼は、やや余裕をもってミシマと交渉できることになる。しかし、ミシマにとってこの金額はどうだろう。今の彼らにとっては、現金は喉から手が出るほど欲しいに違いない。

冷めたコーヒーを飲み干すと同時に、カールは本社から提示された見積もり金額の10%マイナスでミシマに提示しようと決めた。

 

交 錯

 

管理部門担当の専務は、いくつかの急ぎの稟議書を決裁した。夕方になると駆け込みで、承認を求める書類が殺到する。昼間はほとんど会議尽くし。夜は、財務担当役員に同行して銀行回りである。要は、接待だ。営業部出身とはいえ、なれない金融機関の人間相手にほぼ毎夜の接待は、精神的にも堪える。元来、酒が嫌いなわけではないが、気のあった仲間とゆったりと呑むのが好きな彼は、最近数カ月の状況にうんざりしていた。

今日も、メインバンクの副頭取と融資担当の専務との会食である。

「法務の隼に連絡してくれ。例の件、進捗をどうなったか聞きたい、とな」

彼は秘書に伝えた。ほどなくして、秘書はすでに隼以下法務担当メンバーは会社を後にした、という彼にとってはあまり好ましくない情報を専務に伝えた。

「やつの携帯に電話をかけて捕まえろ」

憮然と指示する。

「はい、隼です。なんでしょう?」

間の抜けた声に、多少苛立ちながらも、上司としての威厳を精一杯保ちながら、彼は、資産売却の進捗を聞いた。

隼は、秘密保持契約を締結して必要な情報を開示したこと、また、現在、手元資料で保有債権の内容を精査している旨を説明した。

「で、今どこにいる」

「専務もご存知の小料理屋ですよ。法務の若手もいますよ。資産売却に関するちょっとした勉強会を兼ねてやってましてね。専務も、お時間があったら一緒にどうです。たまには、若い連中も、専務と同じテーブルで酒を飲むなんていうのもいいと思うかもしれませんよ」

「やめておこう。これでも、まだ決裁する書類が溜まっているのでね」

彼の行きたい、という気持ちを察したかのように隼は言った。

「みな、専務のこと待ってますからね。決裁が終わったら是非来てくださいよ」

部下から、呑みに誘われるなどここ数年なかった。なんとなく、懐かしく、そして活気のあった頃の自分を少し思い出した。(続)

 

(次回は116日更新予定です)

 


【バックナンバー】

34話「新人教育編(16

33話「新人教育編15

32話「新人教育編

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28話「新人教育編

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12話「債権回収編

11話「債権回収編

10話「債権回収編

9話「企業買収編 交渉の帰結」

8話「企業買収編 再会」

7話「企業買収編 乾美和登場」

6話「契約交渉

5話「契約交渉

4話「契約交渉

3話「契約交渉

2話「契約内容の検討」

1話「契約作成の依頼」

北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

きたじま・たかゆき
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
87年早稲田大学法学部卒業、日商岩井株式会社(現・双日株式会社)入社。ロンドン駐在、同社法務部部長補佐を務めた後、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社法務部ディレクターを経て、06年ユニリーバ・ジャパン株式会社入社。12年4月より現職。國學院大學非常勤講師(国際取引法)。

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