[連載小説]戦う法務課長 第36話「新人教育編(18)」

2014年1月24日|北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
コラム トラックバック (0)

コードネーム

 

資産売却に関するプロジェクトは、極秘案件としてコードネームで呼ばれた。こうした全社的なプロジェクトのコードネームを決定するのは、経営企画部である。

資産売却に関するプロジェクトの責任者である峰は、経営企画部が命名した「プロジェクト・キロ」にはどうもなじめなかった。「キロ」は「岐路」を指しており、このプロジェクトの成否が今後のミシマの将来を決めるものであり、岐路に立たされていることを意味しているらしい。「Project Kiloの件」というタイトルの社内メールが、社内をかけめぐり、瞬く間に「キロ」は、誰もが知る公然のプロジェクトとなってしまった。やはり情報管理は難しい。

しかし、最終的に売却条件が決定し、売却先との間で合意がなされるまでは、ことの詳細を知れられてはならない。峰は、くどいほどに情報管理の徹底を部下に説き、財務と打ち合わせをするすべての関係者にもそれを求めた。

峰の地道な努力により、「キロ」という名称は誰もが知るところとなったにもかかわらず、その内容については詳細が社内外に漏れることはなかった。社内では、「キロ」はなんだか重要なプロジェクトであり、「キロ」関連の打ち合わせには優先して会議室の使用が認められる特別なものだ、という認識が定着した。

 

精 査

 

隼以下法務部のメンバーは、融資債権売却の方法には、債権譲渡方式とリファイナンス(Refinance)方式があり、それぞれの特徴やポイントを確認した。その2つの方式のいずれを使うのかは、扱う融資債権のタイプやBorrower(借主)の状況によってかわってくることも理解した。問題は、どのタイミングで具体的に法務としてどのような作業をすればよいのか、ということである。

「融資債権の購入者が出てくれば、取引自体はあっという間に進んでいく。だから、事前の準備が必要なんだが、実際には、いろいろなことと同時並行で進んでいくことになるね」

隼は、再び、メンバーを集めた会議で、口火を切った。今日の会議には、財務から責任者として峰とその部下数名も参加している。これに、Borrowerと取引をしている営業部門が本来加わって、始めて実質的な打ち合わせができるのだが、売却先が出てきていない状況であまり先走って営業部門を巻き込むことは情報漏洩のおそれがある、といって、峰が出席を許さなかった。

「隼さん。今回は、大量の融資債権を同時に処分しなければならない事態が起こることもありえます。法律事務所との打ち合わせはいつを考えていますか?」

峰の質問に隼は軽く受け答えた。

「英国系の法律事務所の弁護士とはすでに概略について話をしています。まだ、こちらから具体的な売却予定債権のリストも渡していない状態だから、詳しいことは何ともいえないがね」

「具体的に何か我々で準備しておくようなことはないですか?」

若い財務の担当者が質問した。隼が乾をみる。

「対象予定となっている融資債権に関するサマリーシートを作成しておくべきでしょうね。これは、売却先との交渉にも役立つだけでなく、ミシマが現在どういうポジションにあるのか常に把握することができるので」

一同、乾を見る。隼がその先を続けるよう促した。

「つまり、融資債権を購入する会社は,いわば、対象の債権についてデューデリジェンスを行うことで、その融資債権の価値を評価します。したがって、ミシマとしては、時間、手間を省く意味でも、簡潔でかつ必要十分な情報が含まれたサマリーシートの作成に着手するタイミングにあると考えています」

乾は、自分の言葉が軌道を外れないよう注意しながら説明した。

「具体的にどんな情報をまとめればいいんですか?」

また違う財務の若手担当者が質問する。

Borrowerの名称や所在地、借入金額、利息、残元本、といったところかな」

峰が、自分の作業の記憶をたどりながら話した。峰は、当時すべて法律事務所に売却実務を任せていたので、値決めの部分はともかく、実際の交渉の進め方については、実地に経験したことがなかった。

「デューデリジェンスというぐらいだから、かなり詳細なところまでまとめないといけないんじゃないですか?」

質問の多い連中だ、と堺は思った。法務部の新入社員である堺も湊も、頭のなかでどういったサマリーを作ればよいのかを思案している。隼について仕事をしていくうちに自然とそういう癖がついてきたのだ。

-自分の頭で考える

-常にベストのものをout putする

-自分のやり方のなかで手を抜かない

こうしたことを、堺や湊は仕事を通じて実践してきた、と1年近くたってから、感じるようになった。

「売却先にとって知りたい情報は何か、ということからサマリーをまとめるべきだと思うんです」

湊が発言した。そして、ホワイトボードに向かって、いっきにポイントを書き上げた。

 

【湊が発言したサマリーシートの内容】

 

サマリーシートには以下の情報を漏れなく記載しておく必要がある。

 

  Borrowerの詳細(正式名称、所在地、法人形態等、合併等により名称変更や所在地変更がないかも確認)

 

  Loan Agreement(融資契約の日付)

 

  Disbursement(貸出)が実行されたかどうかの有無(まだ、Disbursementの義務が残っているかどうかも確認)

 

  Lenderの詳細(必ずしもミシマ本社がLenderとは限らない)

 

  Loan金額

 

  Loan残高(いつの時点のものか明確にする)

 

  Repayment date(返済日)

 

  次回のRepayment Date

 

  次回の返済金額

 

  RepaymentにあたりBorrowerが所在する国の当局の承認や許可の有無

 

「なるほど、これなら我々でも用意できそうだな」

峰がつぶやいた。隼が堺をみた。堺は、隼の意図するところを理解した。

「湊さんのまとめたもの以外にも、把握しておかなければならない情報があります」

隼は、満足そうに頷いている。堺は、さらに気をよくしたのか、湊が書き連ねたポイントの後に、意外にも几帳面な字で付け加えた。

 

【堺による追加】

 

  Loan Agreementのタイプ

 

  Loan Agreementに付随する契約(例えば、担保契約、Loan実行の前提となる売買契約等)

 

  担保契約上規定されている対抗要件具備の有無

 

「ざっとまとめるとこうですが、それぞれの詳細について、チェックすべきポイントがあると思います」

乾は、堺も湊も確実に力をつけてきたのを感じていた。若手、とはいっても彼らよりは年次が上の財務担当者を相手に臆することなく、説明をしている。

「そうだね。じゃあ、細かいところの話をしようか」

一同は、隼に集中した。

 

類 型

 

「一口にLoanといっても,商社であるミシマが実行しているものは、実に様々なものが考えられる。単なる金銭の貸し借りだけじゃないんだ。Borrowerに対して資金供与を行うという意味で大きく捉える必要がある」

峰は、隼のいわんとするところを十分に理解していた。だが、自分の部下である財務担当者達にとっては、法務部の管理職からこうした話を聞くことは有益だ、と考えている。

「堺君があげたポイントで、例えば、Loan Agreementのタイプというのがあったけど、どんなタイプがあると思う?」

ある財務担当者に隼は質問を投げかけた。若い担当者は、どう答えるべきかわからないようだった。というより、何を切り口にして、答えを探せばよいのかわからない、といった感じだ。

Loan Agreementは、単純にミシマ(またはその子会社)が金を貸す、というのが最もシンプルなタイプだ。よく、Single Loanといったりもする」

隼は、ホワイトボードに図を書きながら説明を始めた。

%E3%80%90%E9%9A%BC%E3%81%AE%E8%AA%AC%E6%98%8E%E3%80%91.png

「『シンジケートローン』とは、複数のLenderBorrowerに対して1つの融資を実行するものだ。個々のLenderからばらばらに融資を受けるよりも、Borrowerとしては同一条件でより多くの資金調達ができる。Lender間では、返済条件、担保の取扱いなどについて合意された契約、つまりInter-Creditors Agreementを締結するのが通常だね」

Inter-Creditors Agreementでいつも問題になることの1つとして、債務不履行の宣言をどうするか、ということがある」

峰が付け加えた。支払いが滞れば、即時に契約を解除し期限の利益を喪失させ,融資債権の回収に動けるようにしておきたいところだ。ところがそう考える銀行もあれば、生かさず殺さず、何とか延命措置を図りながら回収したい、というLenderもいる。そうするとLender間でいつ債務不履行宣言をすべきなのか、ということについて、利害の衝突がおこる。Inter-Creditors Agreementではこうした利害の衝突が起きないよう、債務不履行宣言にあたっては、多数決(majority rule)を導入するのがよくあるパターンだ。

「でも、どうしてもすぐに判断しなくちゃならない場合っていうのもあるんじゃないですか?Borrowerの信用状態が相当悪化しているようなときです」

財務担当者は峰に質問した。隼の答えを待たずに湊が発言した。

Inter-Creditors Agreementでは、全Lenderの合意に基づきLenders Agentを起用することになっています。このAgentLenderのなかから指名されることが多いのですが、Borrowerに緊急の事態が発生した場合には、全Lenderの同意がなくても、全Lenderの利益のために必要な手段を講じることができるようになっていると思います」

湊は、隼のほうをちらりとみる。隼は、その通り、と目で合図をした。なるほど、と財務担当者は湊の説明に満足したようである。

Risk Shareというのは、リスク分担契約ともいわれているね。これは、LenderBorrowerに対して持つリスク、つまり融資債権を回収できないリスクを分担してもらうものだ。どうして、これがビジネスとして成り立つのかわかるかい?」

「リスクを分担する者はLenderからみたら保証人と一緒でしょう。Lenderはリスク分担者にいくらかのFeeを払う。リスク分担者は、債務不履行が起きれば、自分がリスクを分担している範囲内で、Lenderに金を支払う、ということですよね」

財務担当者たちも、だんだん隼の調子に慣れてきたようだ。

「大事なことは、リスクを分担してもらえばそれでお仕舞い、というわけじゃない。リスク分担を実行してもらったLenderは、リスク分担者の分までBorrowerから回収しなければならない」

「ああ、そういう点では、シンジケートローンと似ていますね。1社だけの抜け駆けを許さないという

皆、理解が深まってきたようだ。隼はRisk Shareに関するポイントを次のようにまとめた。

 

Risk Shareのポイント】(隼の説明)

 

  スク分担の割合は、当事者間の自由で決められる。極端なことをいえば、Lenderのリスク分担が0%ということもありえる。

 

   Lenderはリスク分担者にRisk Feeを支払う。

 

   Loan Agreement上の債務不履行が発生し、Lenderが請求したら、ただちにリスク分担者はみずからの負担部分をLenderに支払う。

 

  Lenderはリスク分担金を受領後は、みずからおよびリスク分担者のためにBorrowerからの回収行為を継続する。和解や担保の処分、融資債権の減額、金利の減免、担保解除等は、すべてリスク分担者の事前の同意を必要とする内容となっていることが多い。

 

  シマがリスク分担者として参加する場合もある。

 

「国によっては、金融機関が融資を行い、担保を取得することしかできない場合もある。そうした場合、現地の銀行をLenderにし、我々がリスク分担者として参加することもある。また、リスク分担者が複数いる場合もあり、リスク分担者間でInter-Creditors Agreementと同じような内容の契約を締結することもある」

隼は、説明を締めくくった。 

 

Conflict of Interest

 

隼たちが、東京本社の会議室で融資債権売却についての打ち合わせをしているころ、六本木にある英国法律事務所ハーバート&モーリスの弁護士田栄助は、一通のメールを受け取った。ロンドンのパートナーからである。クラインゲルドというドイツ系の証券会社が、日本の会社から融資債権を購入するのだが,日本における交渉の代理人として起用したい、というものだった。

田は、隼との先日の打ち合わせでクラインゲルドの名前が出てきたので、はっきりと覚えていた。クラインゲルドは、ハーバート&モーリスがアジアやロシアにも拠点があり、様々なタイプの融資債権の買取に対応できる能力があることを見越して、ロンドンの本店から押さえにかかったようだ。

田としては、すでに隼から依頼を受けており、クラインゲルドからの依頼を受けるわけにはいかない。利害の衝突がおこるからだ。早速、ロンドンへすでにミシマから依頼を受けている旨メールで送ると、電話がかかってきた。

「エイスケ。クラインゲルドは、当事務所にとって最上級の顧客だ。ミシマとバッティングしているのは日本の事務所だけなんだ。なんとかならないだろうか?」

田はやや間をおいて答えた。

「順番からいってミシマのほうが先ですよ。先日、ミシマから相当な詳細情報の開示も受けている。いまさら、依頼を断ったら、どういうことになるかわかっているでしょう」

「しかし、このクラインゲルドの依頼を蹴ってしまうのは、事務所全体としては誠に惜しいんだがね。日本の事務所だって結構台所は苦しいだろう?」

たしかに、高額の事務所経費を楽々賄えているという状況ではない。

「だからといって、ここで依頼を断ることは、日本でも有数のクライアントの信頼を裏切ることになりますよ」

「エイスケ、実はまだ極秘情報なんだが、当事務所も大陸でアライアンスを組んでいる事務所と合併する話が進んでいるんだ」

田は少なからずショックを受けた。これ以上、巨大化してどうする。田がハーバート&モリスに入所したころは、せいぜい70人くらいの事務所だった。それが、合併を繰り返しあっという間に300人規模にまで膨れ上がった。今、大陸の事務所と合併するとなると、いったい、どれだけの弁護士数となるのか検討もつかない。

「事務所の内外でパワーゲームが始まっている。クラインゲルドとのパイプを太くしておくことが、合併を見据え、発言力を高める1つの要素となる。何しろあそこが払うLegal Feeは半端じゃないからな」

これは、圧力だ。田はそう感じていた。

「クラインゲルドにはConflict Checkをかけているので、明後日まで待ってほしいと言ってあるが、日本がクリアできるのなら、今日にでも依頼を受ける旨を回答するつもりだ」

電話はそこで切れた。

どうする。

田は、隼に説明するときの情景を思い浮かべた。おそらく、隼は何事もなかったように肩をすくめ、仕方ないですね、というだけだろう。おそらく、それで信頼関係や友情が途切れることはないだろう。

だからといって、簡単に割り切っていいのか?

田は、上着をひっかけ、オフィスから外に出た。風が冷たい。携帯電話を取り出し、なにやら小声で話はじめた。話は、1時間近くに及んだ。冷たくなった手先をさすりながら、田はオフィスに戻った。その表情は、何かを思い切ったような、さっぱりとしたものになっていた。

こうするのが、自分にとっては最善なのだ、と田は自分のなかで何度も反芻しながら、エレベーターのボタンをおした。

一方、隼たちの打ち合わせは終わりに近づいていた。財務と法務の担当者が一人ずつチームとなって、融資契約のサマリーの作成を分担することになった。共通のフォーマットが作成され、それにどんどん書き込んでいく。そうやってできあがったサマリーがクラインゲルドに提出する一次資料となるのだ。(続)

 

(次回は131日更新予定です)

 


【バックナンバー】

35話「新人教育編(17

34話「新人教育編16

33話「新人教育編15

32話「新人教育編

31話「新人教育編

30話「新人教育編

29話「新人教育編

28話「新人教育編

27話「新人教育編

26話「新人教育編

25話「新人教育編

24話「新人教育編

23話「新人教育編

22話「新人教育編

21話「新人教育編

20話「新人教育編

19話「新人教育編

18話「債権回収編

17話「債権回収編

16話「債権回収編

15話「債権回収編

14話「債権回収編

13話「債権回収編

12話「債権回収編

11話「債権回収編

10話「債権回収編

9話「企業買収編 交渉の帰結」

8話「企業買収編 再会」

7話「企業買収編 乾美和登場」

6話「契約交渉

5話「契約交渉

4話「契約交渉

3話「契約交渉

2話「契約内容の検討」

1話「契約作成の依頼」

北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

きたじま・たかゆき
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
87年早稲田大学法学部卒業、日商岩井株式会社(現・双日株式会社)入社。ロンドン駐在、同社法務部部長補佐を務めた後、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社法務部ディレクターを経て、06年ユニリーバ・ジャパン株式会社入社。12年4月より現職。國學院大學非常勤講師(国際取引法)。

>>1ページ目に戻る

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL: http://businesslaw.jp/cgi-bin/mt2/mt-tb.cgi/170