[連載小説]戦う法務課長 第41話「新人教育編(23)」

2014年5月26日|北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
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焼 酎

 

プロジェクト・キロの中心人物の一人であった峰は、来月1日付で、米国ミシマのチーフ・ファイナンシャル・オフィサーとなる旨の内示を受けた。彼の年齢の割には高いポジションである。財務部門においては、将来を嘱望された者だけが通過するポジションだ。

峰は、内示を受けたことを隼に伝えた。

「多分、そういうことになるだろうと思っていたよ。生き馬の目を抜くような米国の金融業界でいい経験ができると思うよ」

隼は、送別会だと言って、峰を場末の酒場につれていった。薄暗い、少しかび臭いような店であったが、出された焼酎に驚いた。その店が蔵元に頼んで作ってもらっているという。

「ああ、本当に美味いですね。なんだか、頭にずきんとくるような、それでいて、体中に染み渡るような感じがします」

峰は、ニューヨークに旅立ったのち、1年で米系の投資銀行に引き抜かれることになる。プロジェクト・キロでの働きは、金融を専門に担当しているヘッドハンターの間で、クラインゲルドのクラウスを通じて評判となっていたのだ。

峰は、転職はするが後には、ミシマの財務担当役員として戻ってくることになる。

 

経験値

 

法務部部長補佐の隼太郎、そして部下の乾美和に新入社員で配属された堺健介、湊蓉子を加え、4人でさまざまな案件に取り組んできた。特に、堺と湊にとっては、案件を処理することを通じて、会社員として、また法務マンとしての知見を深めていくことができただけではなく、社内外にいろいろな人脈を構築できたことが最も大きな意味があったといえるだろう。

特に、後半はミシマの生き残りをかけた資産売却プロジェクト「キロ」に一貫して携わったことは、彼らの視野や視点を大きく広げることに役立った。社内外を取り巻く厳しい環境、決して遅らせることのできないスケジュール、そして、お互いの利益確保のために、時には外にでて、相手側とぎりぎりの交渉を行う…。まさに、法務は「戦い」だと、二人は感じた。

プロジェクトの終了後、乾による指導期間は終わり、今後は、一人立ちした法務担当者としてやっていくよう隼に告げられたとき、二人は、実は感無量であった。そして、「戦う法務マン」とは、会社のために、どんな厳しい状況においても音をあげず、困難を切り抜ける強い意志と知力を備えた法務マンであると実感した。

しかし、「一人で戦える法務マン」について、隼が意味するところは、彼らの意図とは、少し趣きが異なっていたものであったことを後で知ることになる。

 

模 索

 

一人で対応する、といっても、これまでやってきたことと仕事の内容が大きく変わるわけではない。

「なんといっても、違うことは自分の判断が求められることだろうなぁ」

堺は、社員食堂で湊とランチを食べながら、独り言のように言った。

「たしかにねぇ。今までは、わからないことや、判断に迷うときは、全部乾さんに聞いていたから、まぁ、ある意味安心して仕事ができたっていう気がする」

「『自分の判断』というけど、それが法務としての判断であり、それだけじゃなくて、その判断に沿って営業部隊が動くとすれば、それは『会社の判断』になるんだもんな」

二人とも、今さらながらに、法務としての職責の重さを痛感している。

「隼さんに直接報告っていうけど、今まで乾さんに報告していたのとどう違うんだろう?」

堺が、ぼんやりとしながら湊に言った。

「全然違うわよ」

突然、乾が割って入ってきた。

「お、乾さんは、鶏唐揚定食ですか?あ、それより、さっきボクが言ったのが全然違うって、どういう意味でしょう?」

「二人が私にしていたのは、『報告』ではなくて、『相談』よ。どうしましょうっていうことが多かったでしょ」

実は、乾は鶏の唐揚が好物である。

「でも、わからない点や不明な点も含めて正確に報告、というか伝えなくちゃいけない、と思っているんですけど」

「指導期間中の新入社員であれば、それができることがまず第一歩ね。今、何が起こっているのか事実を正確に、かつ、タイムリーに説明できることが、大切だから」

乾は、湊をちらりと見て唐揚を一つ口に放り込んだ。

「じゃあ、これからはそれだけじゃ足りないっていうことですね?」

「ほら、また『相談』している!確かに、報告-連絡-相談の「報・連・相」は、ビジネスマンの基本といわれているわ。でも、隼さんのいう『一人で戦える法務マン』」ってなんだか考えたことある?」

堺は、うーん、と天井を仰いだ。湊も、考え込んでいる。

「一人で戦う、じゃなくて、戦える、ってところが、ミソなのかなぁ」

湊が自信なさそうに言った。

「そのとおりだよ」

いきなり、背後から声をかけられて、湊はびっくりした。隼である。

「隼さん。今日も、カツカレーですか…」

堺は呆れた表情をしている。隼が、カツカレーを好きなのは法務部内では周知の事実だが、他部署にも同好の士がいるらしく、タクシーを飛ばして遠くの定食屋まで、カツカレーを食べにいくこともある。隼曰く、今まで食べたなかでもっとも旨かったのは、ブラジル・サンパウロの日本人街で食べたものだった。

「とんかつじゃなくて、牛カツなんだよね」

カツカレーとなると、隼はいつもその話になる。

 

意 味

 

「会社の仕事は、チームワークだ。単独でできることなんて、たかが知れているし、むしろ単独でやるべきでない仕事のほうが多いくらいだ。だから、「一人で戦う法務マン」は、周りをみないで、連携プレーを考えない、困った存在、ということになる」

隼は、かつて取引先との契約交渉に営業とともに同行した際に、取引先の法務部長の対応に嫌気が指したことがある。その法務部長は、会社として塵ほどのリスクも負いたくない、という考えがありありとみえており、まったく歩み寄りをしようとは考えていなかった。取引先の営業部隊も困ったような様子で、その法務部長を御しかねていた。

しかし、話をよく聞いてみると、彼は契約条件を少しでもミシマ寄りにするためには、その理由を自社の社長に説明し、承認をとらなければならない、ということがわかってきた。

そこで、隼と営業マンは一計を案じる。営業マンが、取引先にとって気になるであろう点について指摘をする。営業マンは、取引先の反応をみながら、もし同じような事態にミシマが直面したら、隼としては、その上司である管理担当役員にどうやって説明し、了承をとるのかということを尋ねてきた。それに対して、隼は、ゆっくりと噛んで含めるようにしながら、いかにして上司への説明、承認を行うかを述べた。気がつくと、その取引先の法務部長は、隼の一言一句を一心不乱にメモをとっている。

「そのとき気がついたんだよ」

隼は、カツを一口頬張った。

「その、法務部長殿も譲歩したい気持ちはあったかもしれないが、社長にどのように説得したらよいのか、わからなかったんだろう。何しろ、その取引先の社長はワンマンで、厳しい性格と言われていたからね。部下としては、契約条件の変更を説明するなんて、できればしたくない、と思っていたんだろうね」

「ということは、隼さんが、取引先の法務部長のかわりに社長への説明内容を考えてあげたっていうことですか?」

湊と堺は、意外そうな顔をしている。

「そう。お互いに権利や立場を主張するだけでは、なかなか着地点は見出せないものさ。」

その後、隼に「教わった」とおりに社長に説明した結果、何とかお互いに納得できる範囲の条件で契約を締結することができた。取引先の法務部長は、以来、隼のところに電話でいろいろな相談をもちかけてくる。が、隼はそれらに対して、ミシマとしての立場を崩さぬよう、できるだけ丁寧に答えている。

「でも、そんなことをしていたら、いくら時間があっても足りないじゃないですか?」

堺の質問に、隼は答えた。

「そうだね。確かに、当時は今ほど仕事がぎちぎちに詰まっている状況ではなかったかもしれない。でも、そうやって、取引先の法務部長と懇意になったおかげで、その取引先とのいくつかのプロジェクトは、本当にスムーズに進めることができた。どうやら、法務部長殿の物言いには、社長も耳を貸すようだ。いってみれば、『情けは人の為ならず』ということかな」

 

探究心

 

「社内であっても、社外であっても、相手が何を考えているのか、何を悩んでいるのか、あるいはそのリクエストの背景には何があるのか、について、探求する心を失わない、というのが大事だね」

「つまり、相手の関心事を正確に把握することで、妥当な対応策が取れる、ということですね」

湊は、我ながらうまくまとめた、という顔をしている。

「でも、そうとも限らない。相手によっては、こちらを騙そう、あるいは、触れては困る内容は隠そう、いう輩もいるからね」

隼は、またもや過去の例を引き合いに出した。営業マンが、新興の取引先の社長に騙されて、多額の不良債権が発生したときの話だ。結局、その営業マンは、最後まで取引先の社長を信用していたが、隼は、回収交渉の過程で、早々に相手の嘘を見破った。度重なる交渉にも、まったく誠意をみせない相手に、隼は強行手段に出た。取引先の破産申立書を作成し、社長につきつけた。社長の個人資産にすべて仮差押えの申立てをした。それだけでなく、営業マンを欺いたことを理由に詐欺で告訴することも通告した。周囲は、隼がめったに激情をみせないのを知っていたが、このときは、その迫力におされていた。もっともたじろいだのが取引先の社長で早々に和解の申し入れがあった。

「刑事告訴をしたって、不良債権の回収につながるとは限らない。警察は、犯罪捜査が目的であって、民間会社の不良債権の回収を手伝うのはまったくの筋違いだからね」

「でも、たたくべきときは徹底的にたたく、ということですね」

乾のほうをみて隼は頷いた。

「あまり、自分のスタイルじゃぁないんだけどね」

しかし、乾は、隼と数多くの契約交渉の場に参加して、隼のここ一番の迫力をよく知っている。それは、声を荒げることはないが、決して交渉を諦めない、相手を説得しつづける粘り強さは、時として鬼気迫るものを感じたこともある。

「でも、一番よい方法は何だか知っているかい」

隼が、堺や湊を見て言った。二人とも、少し考え込んでいたが答えが出てこない。

「乾さんならわかるかな」

もちろん、と乾は頷いた。

「相手が、こちらの思うとおりに動いてもらうように、話をもっていく、ということですよね」

隼は、満足そうに微笑んだ。

「そのとおり。法務は、どうしても契約書や法律上どのような権利や方法があるかを追求しすぎるところがある。相手が、こちらの言い分を受け入れられない理由は何か、また、受け入れてもらうために、どういった不安を取り除いてやらなければならないか、を的確に見抜き、条理を尽くして相手を説得する。強制的な手段は、最終的には相手に言うことをきかせることができるかもしれないが、その効果は思わしくない場合もある」

「つまり、その気にさせるってことですかね?」

堺が、ちょっと大げさに突っ込んだ。(続)

 

(次回は62日更新予定です)

 


【バックナンバー】

40話「新人教育編(22)」

39話「新人教育編(21)」

38話「新人教育編(20)」

37話「新人教育編(19)」

36話「新人教育編(18)」

35話「新人教育編(17)」

34話「新人教育編(16)」

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18話「債権回収編

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14話「債権回収編

13話「債権回収編

12話「債権回収編

11話「債権回収編

10話「債権回収編

9話「企業買収編 交渉の帰結」

8話「企業買収編 再会」

7話「企業買収編 乾美和登場」

6話「契約交渉

5話「契約交渉

4話「契約交渉

3話「契約交渉

2話「契約内容の検討」

1話「契約作成の依頼」

北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

きたじま・たかゆき
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
87年早稲田大学法学部卒業、日商岩井株式会社(現・双日株式会社)入社。ロンドン駐在、同社法務部部長補佐を務めた後、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社法務部ディレクターを経て、06年ユニリーバ・ジャパン株式会社入社。12年4月より現職。國學院大學非常勤講師(国際取引法)。

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