[連載小説]戦う法務課長 第41話「新人教育編(23)」

2014年5月26日|北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
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ワイン

 

中堅総合商社のミシマの法務部は、生き残りをかけた資産売却プロジェクト「キロ」を、法務、財務および田の所属するクライド&ケインの弁護士たちの協力を得て、完遂させた。

取引の相手方であるドイツの投資銀行クラインゲルドは、多額の手数料を手にした結果、担当のカールは今までにないボーナスを手にした。カールの上司クラウスは、そのボーナスに加え、巨額の退職金をもらってリタイアしてしまった。カールは、ドイツに帰国した際に、クラウスの住むライン川の支流が流れこむ南ドイツの小さな街を訪ねた。クラウスは、持っている資産をつぎ込んでワイン畑を購入した。

「どうして、ワイン農家になんかなったんです?」

「もともとやりたかったんだ。実態のないマネーを扱っているより、この畑に手を入れ、ぶどうに目をかけ、ワインを造る。毎日、同じことの繰り返しのようだが、でも違う。感じ方が違うのさ。出来の良し悪しはともかく、自分の造ったワインで、家族や友人たちと食卓を囲む。実に、楽しいね」

カールには、その楽しさはわからない。でも、少なくともクラウスが、クラインゲルドにいるときよりは、幸せそうであることは,はっきりと理解できた。

 

日本酒

 

田は、ぶらりと一人で小さな酒屋に入っていった。ここは酒屋だが、奥にはカウンターがあり、店主が気に入った客には、みずから仕入れた自慢の酒を試飲させてくれるのだ。ちょっとしたつまみも出す。ここでは、田は自分の職業については一切触れていない。集まってくる客の顔ぶれはいつも決まっている。店主が、新しく仕入れた発泡性の日本酒を出してきた。桜色の瓶から注ぐと小さな泡がたつ。口に含むと、ぷちぷちと泡がはじけ、何ともいえない甘みが下に残る。この酒は旨い。

思えば、長年勤めた事務所を辞め、新しい事務所に移った直接のきっかけは、隼との仕事を継続したかった、ということだが、今その仕事が終わってそうではないことに気がついた。一つのところに長く居続けることができない自分の性分。気に入っていたようで、以前の事務所には実は倦怠を感じていたのかもしれない。隼が持ち込んだプロジェクトは、そんな田の背中を押したのだ。

いずれ、この店で隼とじっくり呑んでみよう。

田は、杯を飲み干し、次の酒を注文した。なぜか、熱燗が呑みたくなった。

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