[連載小説]戦う法務課長 第42話「コンプライアンス編(1)」

2014年6月30日|北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
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存在意義

 

「話がそれましたが、それで御社における企業法務の役割って何でしょうか?」

「うーん、いるとやっかいだが、ないと困るもの、といった感じかな」

「なぞなぞですか?」

「法務という存在は、それがなくても企業が存続しない、ということはない。また、マーケットに攻撃的に打って出ようとする営業をなんだかんだいって足止めし、ブレーキをかける。面倒な存在ではあるが、ひとたび、企業がリスクに直面したとき、または直面しそうな場合に、リスクに先頭切って立ち向かう存在だから、やっぱりいないと困る、ということだろうねぇ」

「リスクに立ち向かう、とはどういうことですか?もう少し具体的にお願いできますか?」

隼は、さらに説明を続けた。

 

【隼の説明】

 

1.   企業が直面するリスクは、さまざまであるが、最もインパクトの大きいリスクは、会社の信用や評判の劣化のリスク(いわゆるreputation risk)である。

 

2.   市場や顧客、その他ステークホルダーの信頼を失った企業は、存在意義を見出せず、他社に買収されたり、廃業したり、倒産する場合もある。

 

3.   reputation riskが発生する原因は、業績不振もあるが、最近では、コンプライアンス違反や取扱商品の表示偽装など市場や消費者・カスタマーを欺く行為が主なものである。また、自社だけでなく、取引の相手方のコンプライアンス違反も問題となる。なぜならば、法令違反意識の低い会社と取引していることが、「同じ穴のムジナ」だとみられる恐れがあるからだ。

 

4.   法務としては、そうした「企業不祥事」が発生しないように、日々の業務を通じてチェック機能や牽制機能を働かせる必要がある。また、常日頃から、コンプライアンス意識を高めるためのトレーニングを行ったり、営業マンの手引きになるようなツールを作成する。これらが法務の予防機能である。

 

5.   5.一方で、発生した不祥事への対応がある。不祥事によって、企業にどのような責任や義務が発生するのかを適格かつ早期に分析して、それらを回避するための手段を構築する。法的な責任とそうでないものを区別し、可能な限り、過大な責任を負わない(もっとも、カスタマーや取引先の信頼回復のために、あえて法的責任はないものの、合理的な範囲内での負担を行うことはある)。これらが、法務の対処・治療機能である。

 

「企業法務の機能を、3つに分ける、というのは聞いたことがあります。治療・対処、予防、それから戦略機能ですね」

「そう。それで、3番目の『戦略』というのが難しくてね」

編集者は怪訝な顔をした。隼は、少し照れたような表情をした。

「実は、まだ何が戦略法務なんだろうって、よくわからずに思案しているところなんだ」

隼は、先般の組織変更で、法務部副部長に昇進したが、一方で、ミシマのコンプライアンス体制の要である事務局の仕事も任されている。コンプライアンス違反に対する企業への批判がやかましい時代に、一体、法務としてはどうすればよいのか、正直言って、隼はまだ回答を見出せないでいた。

「へぇー、隼さんくらいベテランだったら、照準を定めていらっしゃるのかと思ってました」

「起こってしまった不祥事や問題点にどう取り組むか、ということは、ある程度経験を積めばわかってくる。しかし、戦略的っていうけど、いったい何が『戦略』なのか、よくわからないんだよねぇ」

編集者は、本当に困っているような表情をしている隼を訝しそうにみていた。

 

密 告

 

隼は、管理担当役員の秘書からの電話を取り上げた。

秘書は、隼にすぐに管理担当役員のところへくるように、とまるで、隼の上司のような物言いで指示を伝えた。管理担当役員からの急な呼び出しは今に始まったことではない。

「困ったことになった…」

管理担当役員である秦幸吉は、隼が部屋に入るなり嘆息をついた。

「欧州総本社で、どうやら不正な取引が行われているらしい。詳細は、まだはっきりしないがね」

「不正、といいますと?」

不正といってもいろいろある。欧州総本社は、英国にあり、欧州各国、アフリカ、中東、ロシア地域を管轄している。日本から派遣されている駐在員は、ロンドンに50人、その他の地域に40人と結構な規模の人員を送り込んでいる。そして、その5倍以上の人数の現地スタッフを抱えている。

「実は、不正取引かどうかもはっきりしないのだが…。ドイツ会社でどうやら他のメーカーと結託して価格の調整をしているらしい」

「しかし、我々は商社でしょう。製品の市場での価格について、どうこうできる立場にはないと理解していますが…」

隼は慎重にコメントした。しかし、秦は、沈痛な面持ちで続けた。

「昨年、買収した中国の化学品原料の製造会社があったろう。ま、買収とはいっても、ミシマが入れている資本は15%、しかし、経営管理がわれわれの役割だから、社長と総経理をミシマから送り込んでいる」

「ということは、その中国の会社に関係することですか?」

「そうだ。中国の会社から化学品原料をドイツに輸入しているのが、ミシマ・ドイツだ。もちろん、ドイツでは、競合が多い。取り扱っている化学品原料の供給はタイトだ。その一方で、この原油高の煽りを受けて、どうやら製造会社間での価格談合が行われているらしい」

危険だ。隼は、神経に響くものを感じた。

「その情報はどこから入ってきたのですか?」

秦は、1枚の紙を隼にみせた。英語で書かれている。

「これは…」

「そうだよ。いま流行りの内部告発っていうやつさ。どうやら、現地スタッフが談合の状況を見聞きして、その内容を本社の社長のところに告発してきたのさ。欧州総本社の社長には、どうやら話をしていないようだ。もし、同じように告発があれば、すぐ欧州総本社社長からこちらに連絡があるだろうからね」

「しかし、これは現地スタッフによる告発ではないかもしれません」

秦は驚き、なぜ、と隼に尋ねた。

「現地スタッフが告発を行うのであれば、現地のマスコミや、あるいは欧州総本社の社長に対してでしょう。確か、ミシマのホットライン制度では、メールでも告発を受け付けているのでしたね?」

「そうだ。あ、そうか! むしろ、日本から派遣されている駐在員が書いた可能性もある、か!」

めずらしく、秦が声をあげた。

「どうも、そちらが正解のようです。実にわかりやすい、いかにも日本人が書いたような英語で書かれていること、また、社長に送ったのなら、確実にコンプライアンス委員会の重要委員である管理担当役員のあなたと事務局の私に届く

「つまり、われわれに読ませるため作ったものか」

「そうです。回りくどいかもしれないが、それが一番確実でしょう。送信元のメールアドレスは、会社のものではないですね」

もちろん、と管理担当役員は頷いた。

「価格カルテル(Price-Fixing)は、独占禁止法上の重大違反だ。もし、当局の知るところとなった場合、ミシマの受けるダメージは、経済的にも社会的にも大きい」

秦は、さすがにツボをおさえている。

「そこで、君にやってもらいたいことがある」

「なんでしょう」

「一つは、本件の内部調査、もう一つは、本件を対外的にどう発表していくかのシミュレーションだ。後者のほうは、広報室長とも協力して取り組んでくれ」

「調査、といいますと、ロンドン、あるいはドイツへ?」

「現地に行かなきゃ話にならんだろう。」

「しかし、解せません」

「なんだ?」

「現地には、法務から出向している殷がいます。彼は、このことをまったく知らないのでしょうか?」

殷は、入社8年目の中堅法務社員である。英語が堪能であったため、ミシマ欧州総本社に出向し、5年になる。そろそろ、交代の時期だが、隼としては乾を後任に据えるべく、あれこれと考えをめぐらしていたところだった。

「私が、ロンドンに行くよりも、まず、彼を帰国させて情報をとるほうがよいのではないですか?その上で、必要があれば、私もロンドンへ行き調査を行います」

秦は頷いた。なるほど、隼クラスが何の理由もなしに動くと、かえって社内に不審感が募る。ここは、慎重に行くべきだろう。

「よし、その線で任せる。なお、この話は社長にもしていない。極秘に進めてくれ」

「いや、社長には伝えておく必要があるでしょう」

隼は、めずらしくはっきりとした口調で秦に言った。

「もし、談合の話が本当であれば、どこで、いつの段階で露見するか予測がつきません。何よりも、内部告発者が早々に社外にリーク(漏えい)する恐れがある。そのとき、社長が状況を知っていたのと知らないのとでは、その後の対応がまったく違ってくる」

「なるほど。第一報は入れておけ、ということか」

「できれば、お願いします」

「では、具体的にはどうする?殷の帰国には、欧州総本社社長の承認が必要だ。もっともらしい理由を作る必要があるな」

「いや、ちょうど法務部内で、当社のコンプライアンス体制のなかにおける企業法務の位置付けや経営判断への関与の仕方についてのディスカッションをしようと思っていたところです」

「そんな話は聞いてないぞ」

「いや、だから先ほど思いついたのです。ご紹介頂いた法律雑誌の編集者からインタビューを受けていてね」

「わかった。それから、調査に必要な人員は社内では、できるだけ絞ってくれ。場合によっては、外部の手を借りてもよい」

秦の指示は的を射ていた。社内の関係者が増えれば、それだけ、情報が漏えいするリスクが高まる。また、実際に行われている行為が独占禁止法に違反するかどうか、かなり難しい判断を迫られる可能性がある。したがって、そうした分野に強い弁護士がいる事務所を起用すべきだろう。

隼の頭のなかでは、段取りが組まれつつあった。

 

仕掛け

 

彼は、フリーのメールアドレスを使ってミシマの社長宛に告発文を送ったことを後悔していなかった。無論、彼は外部にリークすることはまったく考えていない。

しかし、当地での不透明な慣習は、非常にリスクが高いものであることを、彼は十分認識していた。このまま放置しておけば,とんでもない問題になる。

社長に送ったことで、そのまま握りつぶされることはないだろう。必ず、関係部署、特に法務部には話がいくはずだ。法務に直接送ったとしても、単なる与太話として経営が真面目に取り上げない可能性がある。社長宛に送ることが、ことの重大さを示す一つのメッセージだ。それを感じる人間は必ずいるはずだ。

 

調査準備

 

隼は、管理担当役員室から戻り、さっそく、クライド&ケインの田に電話した。先週、クライド&ケインの東京事務所に、独占禁止法に強いとされている著名な弁護士が加入した、との案内がきていたのを思い出したからだ。

「やあ、隼さん。先日のクロージング、お疲れ様でしたね。また、弁護士費用もちゃんと頂きましたよ」

「こちらこそ。実は、難しい話で相談したいことがあるんですがね」

「では、どこか場所をかえて話をしますか?」

「いや、できれば、そちらの事務所のなかでお話したいんですがね」

「ただならない出来事のようですね」

「そうならないよう神に祈りたい気分なんです」

「神になれるかどうかわからないけど、ではお待ちしています。で、相談事が終わったら一杯いきましょう。先日のお礼ですよ」

30分後、隼は乾を連れて田のオフィスの会議室にいた。

「なるほど。もし、ここに書かれていることが本当であるとすれば、かなり深刻な事態ですね」

「先日も新聞で、日本のメーカーが現地のメーカーと結託して価格をそろえていた、ということで制裁金を課された事件が報道されています。告発文の真偽のほどはわからないが、早急に調査する必要があります」

隼は、田の事務所に調査のサポートを依頼した。調査は、場合によっては、ロンドンまで行かなければならない可能性もある。その場合には、クライド&ケインのロンドンオフィスの力も借りる必要があるが、もし、価格談合の話が行われているとすれば、日本語で行われている可能性も高い。

「こうした調査を経験した弁護士はいますかね?」

隼の問いに、田は少し思案した。

「うーん。M&Aにおけるデューデリジェンスなんかとは違いますからねぇ。相手に真実を述べさせるっていうのは、なかなか難しいですよね。あ、そうだ。ウチに検事を10年やって弁護士になったのがいます。彼をチームのメンバーに加えましょう。実際に、被疑者の取調べも経験しているようです」

隼は、告発内容が根拠のないものであってほしいと思う反面、なぜか、血が沸くような思いにかられる自分を不思議に感じていた。

乾は、隼の横顔を見て言った。

「久しぶりに『戦う法務マン』っていう顔してますよ」(続)

 

(次回は711日更新予定です)

 


【バックナンバー】

41話「新人教育編(23)」

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9話「企業買収編 交渉の帰結」

8話「企業買収編 再会」

7話「企業買収編 乾美和登場」

6話「契約交渉

5話「契約交渉

4話「契約交渉

3話「契約交渉

2話「契約内容の検討」

1話「契約作成の依頼」

北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

きたじま・たかゆき
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
87年早稲田大学法学部卒業、日商岩井株式会社(現・双日株式会社)入社。ロンドン駐在、同社法務部部長補佐を務めた後、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社法務部ディレクターを経て、06年ユニリーバ・ジャパン株式会社入社。12年4月より現職。國學院大學非常勤講師(国際取引法)。

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