[連載小説]戦う法務課長 第42話「コンプライアンス編(1)」

2014年6月30日|北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役
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インタビュー

 

中堅総合商社ミシマの法務部副部長である隼太郎は、法律雑誌の編集者のインタビューを受けていた。

この法律雑誌は毎月出版されているが、毎号見開き1ページを使って、さまざまな会社の法務部を紹介している。ミシマの広報室を通じて、隼のところに取材協力の依頼がきた。隼は、法律雑誌出版社に請われて、実務記事を書くことはあまり苦にはならなかったが、編集者からインタビューを受けるということには抵抗があった。文章であれば、推敲を重ね、内容を吟味できる。しかし、インタビューは、聞かれたことに即座に答えなければならない。だから、最初は断った。しかし、広報室長は、諦めず隼の上司である管理担当役員を説得し、強引に隼と編集者のミーティングの日時をセットしてしまった。

編集者は、女性で、まだ大学を出たばかりの新人のようであった。隼は、社内の新入社員用に作成されているプレゼンテーションチャートを使って、編集者にできるだけわかりやすく説明をした。

その後、編集者の質問に隼が答える、というかたちで、インタビューは進められた。

「あの、うちの雑誌の読者層には、企業法務のベテランや弁護士だけでなく、学生でこれから法曹を目指す人たちもたくさんいます。『企業法務』や『法務部』という言葉は知っていても、そもそも、企業のなかでどういった存在なのか、あまりピンときていない人も多いと思うんです。そこで、インタビューでは、それぞれの会社における法務の立場や位置付けを聞いてみよう、ということになったんです」

「それは、編集長のアイディア?」

隼は、飲み友達の一人である編集長の顔を思い浮かべながら尋ねた。先週、その編集長と赤坂で痛飲したばかりである。

「いいえ。私の考えです。このコラム、今までは会社紹介みたいになっていたので、もっと、法務部の役割とか存在意義といったことが浮き出るような内容にしたいと思ったんです」

編集者は、目を輝かせながら隼に質問をぶつけた。

「ミシマの法務部って、どんな存在なんでしょうか?」

隼は、虚を衝かれた感じがした。そういえば、法務の存在を語る、など随分していなかったように思う。日々、沸いて出る仕事を処理しているうちに、存在そのものが当たり前のように感じていた。

「そうだよね。所詮、会社は営業と経理がいれば成り立つからね。法務部という存在がなくても、会社自体は回っていくだろう。法律的な問題が出てくれば、弁護士に頼めばいい。現に、一昔前の大方の企業は、顧問弁護士がいて、たいていのことはその顧問弁護士の事務所に助けてもらったんだからね」

「一昔前ってどのくらいですか?」

「うーん…30年位前かな」

「はるか昔の話ですね、私がまだ生まれていませんから」

隼は、ややショックを受けながらも、なんとか立て直しを図ろうとした。

「逆に、あなたは法務の仕事をどのようにみていますか?法律雑誌の編集者の目からみて」

「そうですねぇ。やっぱり、会社のなかで困った問題がおきたら、それを鮮やかに処理する頭脳集団、っていうイメージがありますね。それから、会社が余計なリスクを負わないように、契約書の内容を検討したり、会社のさまざまな法律相談を受けたり…。あれ、でもこれって弁護士とどこが違うんでしょう?」

「そうだね。弁護士、または法律事務所との違いは、専門性と機動力という点で大きく異なるね」

「と、いいますと?」

「かつては、日本企業相手の法律事務所は数人からせいぜい20人か30人くらいの規模でしかなかった。相談する内容も、契約から合弁事業、債権回収、知的財産権等あらゆる分野にわたっていたね」

ところが、法律の制定・改廃、ビジネスの多様化、その他企業を取り巻く環境が複雑化したことにより、企業法務に携わる弁護士は、それぞれの専門性を追求するようになる。例えば、独占禁止法や企業買収、企業再生といった分野に強い弁護士が登場し、そうした専門家集団を束ねるために、法律事務所は統廃合を繰り返し、その規模を拡大していく。いまや弁護士数が500人近くに達する事務所も登場してきている。

そして、事務所に所属する弁護士は、それぞれ得意分野、担当分野を持ち、また、弁護士に業務を依頼するクライアントである企業も、弁護士の起用にあたっては、まずは「顧問の先生」という考え方から、それぞれの案件に適した、かつ、経験の豊富な弁護士に依頼をするようになってきたのである。

とはいっても、小規模の事務所の役割がなくなったわけではない。

「大きい事務所は、いってみればデパートのようなものだ。たいていの法律問題を扱うことができる。しかし、場合によっては、企業側からみて物足りないと思うときもあるのです」

「わかりました。つまり、専門性が今ひとつっていう弁護士もいるわけですね」

「やはり弁護士だから、それなりの知見と能力はある。でも、クライアントが相談を持ちかけるときは、つまり相当困っている状態なのであり、クライアントとしては、その状態を何とかしてやろうというタフで楽観的な弁護士を起用したくなるのです」

そうした弁護士は、まだまだ独立して規模の小さな事務所でやっていることも多い。

「ふーん、じゃ、企業法務の人たちは、弁護士の『品定め』をするんですね」

まさに『品定め』である。欧米では、「ビューティー・コンテスト」と言って、複数の事務所に案件の概要を説明し、どんなサービスをどのような陣容で、かつ、どの程度のコストでできるのか、ということをプレゼンテーションさせる場合がある。

各事務所とも、かなりの気合を入れて用意してくるので、当然内容は濃いものとなり、ひととおり聞いた後では、もう法律事務所に相談しなくても大体の方向性が構築できたこともある。

「そうですね。でも、日本の弁護士さんは、欧米と比べて、あまり『見栄え』を気にしていないところがあるように感じますね」

「それって、クライアントリレーション(顧客との関係構築・向上)にかけるお金が、違うってことですよね。よく、ホテルを会場にして、レセプションとかやってますもんね。あれって、凄くお金がかかっているんでしょう?」

時々、妙なポイントをついてくる編集者だ。

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