コラム

[連載小説]戦う法務課長 第13話「債権回収編④」
北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

量と質   ――出張から戻ると、通常のペースに戻るには出張の2倍の時間が必要――。 隼は、かつての上司が呟いていたことを、毎度のことながら実感している。 海外出張から戻った翌日にオフィスに出ると、机の上や椅子のあたりに、書類、メモ、郵便物が散乱している。それを処理して、通常の業務のペースに戻るのには時間がかかる。 今は、ノート型PCを携帯して、宿泊先のホテルからでも会社からのメールを読み込むことができる。出張期間中でも、相手はお構いなしに、メールを送ってくる。 便利になった、効率があが...

[連載小説]戦う法務課長 第12話「債権回収編③」
北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

八方塞がり   イスタンブールの市街から空港へ向かう車中で、隼はトルコ側の当事者達との交渉内容を反芻していた。三島工商鉄鋼部門の稼ぎ頭である新が、政府系企業を事業主体とする建設プロジェクトに関連して下請のトルコの建設会社に納入した鉄鋼資材の代金支払が滞っている。理由は、建設プロジェクトが政府の一方的な判断により、一時中止となったためだ。隼は新とともに、建設会社のみならず政府系企業にも赴き、プロジェクト停止の措置はあくまでもトルコ側の事情でなされたものであるから、少なくとも納入された鉄鋼...

[連載小説]戦う法務課長 第11話「債権回収編②」
北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

初出張入国手続を済ませ、用心深く鞄を持ちながら、乾はデュッセルドルフ空港の外に並ぶタクシーを拾った。ミシマ・ドイツのオフィスは、空港から約30分程度の町の中心街にある。アウトバーンをしばらく走り、一般道路に降りて、寂れた住宅街を通り抜けると、大きな公園の脇に出る。ここから、オフィスのあるケーニヒス・アレーまでは約5分。大きな百貨店やホテルも見えてきて、ようやく景色が中心街らしくなってきた。乾は、バウ・ケミカルに対する債権回収の交渉のためにドイツ入りした。隼からは、現地の営業(といっても日本人駐在...

[連載小説]戦う法務課長 第10話「債権回収編①」
北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

発  生 隼が法務課長を務める三島工商株式会社では、取引先に対する債権が支払期日を一定期間経過しても回収できない場合、あるいは取引先が倒産手続の申立を行った場合、夜逃げ等、事実上廃業したような場合に、営業部は「滞留債権事故報告書」を作成し、関係の職能部署へ報告しなければならない。ただ、取引先が国内にあれば、手形不渡処分、破産、裁判所への倒産手続の申立などにより、「事故」発生は、明確かつ即座に認識できるが、海外の場合、現地に三島工商の駐在員がいて、常時状況をウォッチしている取引先でもなけ...

[連載小説]戦う法務課長 第9話「企業買収編③ 交渉の帰結」
北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

記 憶   秋津製作所は、平剛三の父親とその友人が共同経営で始めた会社である。地方の町工場だったが、父親の代に開発された特許をもとに、希少価値のある自動車部品を提供する会社として、業界で注目されてきた。平が事業を引き継いで5年目、納入先の倒産で売掛金回収が困難になり、その際、部材仕入で取引のあった三島工商に金融支援を要請し、辛くも危機を乗り越えたことがあった。そのときに営業部員の隣に座っていた、目が充血した冴えない風体の法務担当課長の男が、今も妙に平の記憶に残っている。 法務や審査の人...

[連載小説]戦う法務課長 第8話「企業買収編② 再会」
北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

準 備    午前7時。まだ、誰も来ていないようだ。乾は、自分のデスクの上のパソコンのスイッチを入れた。起動音がはっきりと聞こえる。  「やあ、早いね」後ろから声をかけられた。隼である。どうやら、また会社に泊まりこんだらしい。  「10時からBIT社との最初のミーティングですが、何か準備をしておく必要がありますか?」  乾は、先週、株式会社三島工商に中途採用され、隼のいる法務課へ配属された。そして配属初日に、英国の機械部品メーカー、BIT社と共同で山梨県の秋津製作所に出資をするプロジェ...

[連載小説]戦う法務課長 第7話「企業買収編① 乾美和登場」
北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

バツイチ、乾美和登場    「おはようございます。今日からお世話になる乾美和です。」  隼は、昨晩から検討している契約書から顔をあげ、時計をみた。まだ、午前7時45分。  ロシアとの売買契約書の詰めが迫っており、現地にいる営業課長から今朝の10時迄にコメントがほしいと言われた。もっとも、その依頼がきたのは、隼が大学の同期会に遅れて出席し、1次会がお開きになる寸前。おかげで、校歌斉唱という不愉快な「恒例行事」を免れ、夜中に会社に戻り、そのまま夜を明かしたのである。  「ああ、隼です。部長...

[連載小説]戦う法務課長 第6話「契約交渉④」
北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

泰然自若    「先生。あの政府からきた女性が弁護士だってなぜわかったんです?」  「なにね。今、サポートしてもらっているモスクワの弁護士と大学で同級だったらしい。彼によれば、欧米の大手法律事務所からパートナーの誘いがくるほど優秀なようだ」  通訳のシドロフは、隼の交渉における態度は、これまで彼が出会った日本人のどのタイプとも違うと感じていた。そもそも、in-house legal(社内の法務)の人間が、営業より前に立って交渉することなどこれまではなかった。  「政府側は、まだ何か『隠...

[連載小説]戦う法務課長 第5話「契約交渉③」
北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

社内説得   隼は、「予算措置上の枠組みのなかで、無理なことを要求し続けても意味はない。それよりも、政府に売買契約の内容を認知させ、かつ、保証に関する予算措置を組むことを目標付ける内容の書面に署名させることで、万が一の際、例えば、外交ルートで圧力を加える交渉を行う際の材料となることが期待できます」と主張した。 隼は、過去、ロシアの案件で、外交ルートを通じた交渉を行うことで、なんらの義務もなかった政府機関が債務を引き受けるかたちで和解したケースを思い出したのだ。日本政府との経済会議のなか...

[連載小説]戦う法務課長 第4話「契約交渉②」
北島敬之 ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社/代表取締役

好 敵 手    「日本側の主張はわかりました。明日の交渉で、外貨転換および保証の件を片付けましょう。それまで商業上の観点から問題となる点は、すべて解決しておいてください」  Y共和国財務省のエレーナ・イワノバは、交渉担当者からの報告に対して、電話を切った。彼女は、今回の契約交渉においてY共和国財務大臣より全権を委任されている。  今度の契約交渉には、会社の法務部の人間が同席していることから、政府起用の弁護士を同行させることも考えたが、結局やめた。その法務部の人間とやらが資格を有した弁...