著作権法に未来はあるのか?

2008年5月29日|中山信弘氏 弁護士・東京大学名誉教授
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■フェアユース

 これまで、フェアユースをめぐっては、法的安定性や解釈の柔軟性の有無という観点からばかり議論がなされてきましたが、私は「官から民へ」、「事前規制から事後規制へ」という流れの一環としてフェアユースを見るべきだと思っています。

 著作権法30条以下に権利の制限事由として、権利侵害にならない行為をあらかじめ限定列挙しているのが現在の規定の在り方です。フェアユースはそのような考え方ではなく、自分がフェアだと考えたらリスクをとってビジネスを始めればよく、文句のある人がいれば、後で裁判所で決着をつけましょうというアメリカ的な考え方です。つまり、フェアかどうかの判断をまず自分がリスクを負うことで新規ビジネスに投資ができるということです。現に、グーグルのような企業は、自分の行為はフェアユースだと信じて投資を行い、事実、訴訟をたくさん起こされていますが、訴訟の中で自らのフェアネスを主張して通しています。

 実際のところ、“お上”が新しいビジネスに対して法的なお墨付きを与えるには、審議会を開いたり、場合によっては法改正したりと時間がかかります。その間の1年、2年という時間はネットサービスにおいては非常に惜しいはずです。フェアユース規定には時間を節約するという意味もあると私は思っています。

 私は従来、日本の企業は法的リスクを取りたがらない傾向にあるから、日本でフェアユースはあまり機能しないのではないかとも考えていました。しかし、最近、考えを変えたといいますか、実態が分かってきたといったほうがいいのかもしれませんけど、日本にも法的なリスクをとるベンチャー企業がありますから、彼ら彼女らを支援するという意味で、最近ではフェアユースを入れたほうが良いのではないか、という考え方に傾いております。

photo02 ですから、フェアユースというのは、条文の在り方の問題というよりも、裁判をどう見るかという日本人あるいは日本企業のマインドの問題です。法的リスクをとるマインドがない限りはフェアユースの規定を入れても意味がありません。

 また、実務的には、マインドの問題以外にも、裁判所がフェアユースの判断にどれだけ慣れているのかという問題があります。今のアメリカの裁判官は、200年の判例の積み重ねの中から何がフェアかを見つけ出していけばいいわけですが、日本にはその積み重ねがありませんから、裁判官がこれからフェアの概念・観念をつくっていくことになります。それは裁判官にとっては重荷かもしれませんが、やらざるを得ないことですし、十分に可能なことだと思います。例えば、民法770条では、離婚原因をいくつか挙げた後に、最後に「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」という一般規定を設けています。裁判官は離婚事案のたびに「重大な事由」にあたるかどうかを判断しています。他にも同様の条文はたくさんありますから、著作権法の分野でフェアか否かを判断できないということはないでしょう。

 今の知的財産戦略本部ではフェアユースを入れる方向になっていますが、もしフェアユースが導入されるとすれば、制限規定を残したうえで最後にフェアユースを持ってくる形になると思います。従来、立法の経緯もあって、学説も判例も制限規定をかなり厳格に解釈していましたから、裁判官にとっては大変なことかもしれませんが、頑張って考えを変えてほしいですね。


■著作権の保護の在り方

 私が考えているのは、二次利用などを通じて著作物をどのようにしてうまく流通させていくかということです。「1個の物の上に1つの権利」というのが近代的な権利の原則ですが、映像等の著作物では、複製権、放送権、著作隣接権、あるいは著作権ではないけれども人格権やパブリシティ権など数多くの権利が重畳的に存在していることが通常です。さらにそれらの権利が共有となっていることも多く、著作物を流通させるうえで大きな障害となっています。権利がバラバラになっていると、その著作物を利用するのに大きな手間がかかりますから、結局のところ利用されないことがほとんどです。そうなると誰の目にもふれず、お金も入ってきませんから、権利を持っているという満足感くらいしか残りません。各人が権利を自分の手元に残しておくことでどれだけ良いことがあるのでしょうか。

 自分の権利は独立した権利だという観念を打破し、契約あるいは法制度によって権利を1箇所に集中化させることで流通を促進し、利用してもらうことでその利益を還元するシステムを作ることが重要だと思っています。例えばYouTubeに違法アップロードされた動画を削除させることはできても、どうせ他のところにアップロードされるだけですから、すべてを削除することは現実的ではありません。また露出が増えるということは権利者にとって悪いことばかりではありません。ですからYouTubeなどの利用を認め、そこからどのように利益を権利者に還元させるかを考えていくことがプラス思考だと思います。細かな調整は必要ですが、基本的に、権利の利用に対して、ダメだダメだという発想ではダメでしょう。その意識を根本的に変えることができるかどうかによって、著作権法の未来が決まるのではないかという気がします。

――参加される方、参加を考えている方に一言いただけますでしょうか。

 著作権法はこれまで創作者やそれを伝えるメディアなどごく限られた人たちのものでしたが、いまやインターネットを通じて全ての人・企業にとって関わりのある法律となりました。従来は、一般の方々の声は我々学者が代弁しなければいけないと思っていましたが、音楽レコードの還流防止措置に関する議論の頃から、燎原の火のごとく一般ユーザーの声が出てくるようにもなっています。私自身、それ以来、著作権法におけるユーザーである一般の方々の声は極めて重要であるという意識を持っています。一般の方々の声が、インターネットを通じてどんどん出てくるというのは面白いですね。著作権法を取り巻くプレーヤーが昔と大きく異なってきたということは、ルール自体も草野球のローカルルールからメジャーリーグのルールに変えていく必要があるということでしょう。社会の動きと合わせて、そういう目で著作権法を見るのも面白いのではないかと思います。

 また、気をつけなければいけないのは、このままでは著作権法は悪者になってしまうということです。厳格に判断すれば私も含めて著作権を侵害したことがない人はほとんどいないでしょう。罰則は10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金ですから重罪です。1億総犯罪化社会ですね。そのような古い法律で、日本の将来を託すことになるかもしれないインターネットビジネスを規制していってよいのか。そういう観点からも注目していただきたいと思います。

中山信弘氏 弁護士・東京大学名誉教授

なかやま・のぶひろ
1945年生まれ。1969年東京大学法学部卒業。東京大学法学部教授を経て、現在、弁護士(西村あさひ法律事務所顧問)。知的財産戦略本部員、文化審議会委員、産業構造審議会委員等を務めている。
著書:『著作権法』(有斐閣、2007)、『工業所有権法(上)特許法〔第2版増補版〕』(弘文堂、2000)ほか多数。

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