ウィーン売買条約締結の経緯とその概要~日本法との比較を交えて~
2009年6月22日|曽野裕夫 北海道大学大学院法学研究科教授| 解説 | コメント (0) | トラックバック (0) |
2 規律事項と任意法規性
本条約が適用される場合であっても、本条約は売買契約のすべての側面を規律しているわけではない。その規律事項は、①売買契約の成立および②売買契約から生ずる当事者の権利義務に限定されている(4条)(これらの内容については、後記3 4で扱う)。これら以外の事項(例えば、契約の有効性、所有権の移転等)については、依然として国際私法の準則にしたがって適用される国内法に委ねられていることに注意が必要である。
また、本条約の基礎には「契約自由の原則」があり、本条約の規定の大部分は任意規定とされる(「当事者は……この条約のいかなる規定も、その適用を制限し、又はその効力を変更することができる」(6条))。
3 契約締結プロセスの規律
契約締結のプロセスについては、本条約は、民法と同様に、申込みと承諾による契約成立について規定をおいている。その大枠は日本法と変わらないが、相違点としては、
① 申込みが原則として撤回可能であるとされている点(16条⑴)
② 商人間であっても、原則として諾否通知義務は存在しない点(18条⑴第2文)
③ 承諾の通知について到達主義が採用されている点(18条⑵)
④ 申込みと承諾の内容が完全に一致しない場合であっても、その違いが申込みの実質的な変更に当たらなければ、申込者が異議を述べない限り、その変更を加えた承諾内容で契約が成立する点(19条⑵)
を挙げることができる。④は、申込みと承諾の非実質的な相違という形式的理由によって契約の成立を否定することは合理的でないという実際的な考え方に基づく。
4 契約当事者の権利義務に関する規律
契約当事者の権利義務については、本条約は、売主と買主の義務をそれぞれ詳細に規定したうえで(売主の義務につき30条~44条、買主の義務につき53条~60条)、その義務違反に対する救済方法(履行請求、契約解除、代金減額、損害賠償)を定める(45条~52条、61条~65条、71条~84条)という簡明で見通しの良い体系を採用している。日本法との比較において特徴的な点としては、次のような点がある。
① 当事者の義務について、国際取引において特に問題となりやすい状況に対応したルールが定められている。売買が運送契約を伴う場合の売主の引渡義務(31条⒜)、買主の検査義務の延期可能性(38条⑵)、目的物が第三者の知的財産権を侵害する場合における知的財産権侵害の存否の判断基準国(42条⑴)、機動的な物品保存義務(85条~86条)などの規定はその例である。
② 過失責任主義が否定されている。したがって、義務違反について当事者に過失がなくても、損害賠償責任が発生する(45条⑴⒝・61条⑴⒝。ただし、限定的な要件の下での不可抗力免責はありうる(79条))。
③ 民法における瑕疵担保責任のような、目的物の隠れた瑕疵に関する特別の制度はない。売主は、契約に適合した物品を引き渡す義務を負うが(35条)、日本法で瑕疵担保責任によって処理される問題は、この義務の違反の問題として、他の義務違反と同様に処理される。
④ 履行不能の概念がない。したがって、契約締結時に目的物が滅失損傷している場合(原始的不能)であっても、それは売主の引渡義務違反の問題として、他の義務違反と同様に処理される。また、契約締結後に目的物が滅失損傷した場合(後発的不能)についても、日本法では売主に帰責事由がなければ売主に損害賠償責任は生じず、買主の代金支払義務の存続は危険負担の問題として処理されるが、本条約においては、これも売主の義務違反の問題として処理される。つまり、売主の損害賠償責任は発生するし(上述した過失責任主義の否定)、買主の代金支払義務の存続は、解除の可否の問題として処理される(危険負担制度の否定)。
なお、この点に関連して、どの時点までに生じた目的物の滅失損傷が売主の義務違反に当たるかという危険の移転時期は別途問題になる。これについて、本条約は、保険の利用可能性等を考慮した移転時期を定めているが(67条~69条)、実務上は、CIFやFOBなどの定型貿易条件を約定することによって処理されるのが通常であろう。
⑤ 契約解除が原則として「重大な契約違反」─契約目的を実質的に達成できなくする契約違反(25条)─がある場合に限定されること(49条⑴⒜、64条⑴⒜)、および、買主の解除権が売主の追完権(48条)に劣後することを挙げることができる。契約違反があっても、契約目的を実質的に達成できるのであれば、解除を認める必要はなく、修補請求、損害賠償、代金減額など、契約を維持したうえでの救済を優先することが合理的であると考えられるからである。この点について、重大な契約違反がなければ契約を解除することができないというルールが、相場商品売買には相応しくないとの指摘がされることがあるが、相場商品売買においてはわずかな遅滞も重大な契約違反になりうるのであって、この批判は必ずしも当たっていない(もちろん、そうであっても実務上は、約定解除事由を合意しておくことによって無用な紛争は回避すべきであろう)。
⑥ 履行期到来前であっても、契約違反が予想される場合に予防的な救済が認められており(履行の停止(71条)、履行期前の契約解除(72条))、国際取引における迅速性の要請に配慮がなされており、その活用が期待されるところである。
⑦ 債務者が義務違反に陥っている場合であっても、債権者に、自己が不合理な不利益を受けない範囲で、義務違反に陥っている債務者に協力することを求める規定(例:売主の追完権(48条)、損害軽減義務(77条)、物品保存義務(85条・86条〔特に86条⑵〕)などが設けられており、当事者間の協力を促進することが意図されている。
以上のような内容を有する本条約は、主に国内取引を想定して起草された民法・商法よりも国際取引の特質に適したものになっていると同時に、より現代的・合理的なルールになっているといえる。
■ おわりに
わが国は、本条約の締結によって世界の多くの国と共通の契約法を獲得したことになるのだが、実務においては、当然ながら、まだ馴染みのない本条約の適用に不安もあるものと思われる。それは、本条約が発効した88年当時の締約国においても同様であった。しかし、違うのは、今日では本条約はすでに20年間にわたって安定的に運用され、その合理性はテスト済みであるということである。しかも、現在、民法(債権法)も改正が予定されているのであり、その内容は本条約の影響を受けたものとなる可能性が高い。
日本企業が関わる国際物品売買契約においても、本条約のメリットを十分に享受できるよう、本条約をベースとした契約実務が確立し、国際取引のいっそうの円滑化が図られることを期待したい。
* 本条約のより詳細な解説としては、曽野裕夫=中村光一=舟橋伸行「ウィーン売買条約(CISG)の解説(1)~(5・完)」NBL 887号22頁、888号44頁、890号82頁、891号65頁、895号49頁(2008年)を参照していただければ幸いである。
曽野裕夫 北海道大学大学院法学研究科教授
その・ひろお
87年北海道大学法学部卒業。94年金沢大学助教授、98年九州大学助教授。04年より現職。その間06年10月より08年8月まで法務省民事局参事官。著書にペーター・シュレヒトリーム『国際統一売買法』(共訳)(商事法務研究会、1997)、『UNIDROIT国際商事契約原則』(共訳)(商事法務、2004)など。
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