ウィーン売買条約締結の経緯とその概要~日本法との比較を交えて~

2009年6月22日|曽野裕夫 北海道大学大学院法学研究科教授
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■ はじめに

 「国際物品売買契約に関する国際連合条約」(略称:「ウィーン売買条約」または「CISG」)は、国際的な物品売買契約に適用される私法統一条約である。日本国政府は08年7月1日に同条約への加入書 注1 を国連事務総長に寄託し、同条約は、わが国については本年、09年8月1日にその効力を生ずることとなった。この条約は、わが国の主要貿易相手国の多くを含む73か国が締約国となっており(日本は71番目の締約国)、日本企業の関わる貿易取引の多くは本条約の適用を受けることになる。従来、貿易取引の準拠法は国際私法によって決定され、いずれかの国の国内法が適用されてきたわけであるが、これが様変わりすることになる。
 そこで本稿では、実務上の関心も高い本条約について、その目的、締結の経緯と意義、そして概要を紹介することとしたい。
(Business Law Journal 2009年5月号に掲載)


■ なぜ日本の加入が遅れたか

 貿易取引に適用される法を国際私法によって決定するという従来のアプローチには、国によって国際私法が異なるために準拠法の決定に不確実性を伴うこと、また、外国法が準拠法となった場合にその法に馴染みのない当事者や裁判所に様々な負担を強いることなどの問題があり、これが国際取引の法的障害(高コストの一因)になっているところである。本条約は、国際的な物品売買契約に適用される契約法を統一することによって、国際取引におけるそのような法的障害を除去し、国際取引の発展を促進することを目的として、80年に採択され、その後88年1月1日に発効していたものである。世界においては、すでに20年にわたって適用され、多くの裁判例・仲裁判断の蓄積がある条約である。
 わが国が本条約に長く加入していなかった背景には、当初、本条約が統一私法として成功するかどうかが明らかでなかったことや、各国法が統一されていないことから生ずる障害は、当事者が準拠法指定条項や契約内容を詳細に定めることによって対応が可能であると考えられたことなどから、経済界が必ずしも本条約への加入に積極的でなく、政府としてもこの条約の締結作業に高い優先順位を与えにくかったなどの事情があった。
 しかし、その後、本条約は国際物品売買に関する統一私法としての地位を確立したばかりか、各国における立法のモデルとして契約法の世界標準ルールとなっており(わが国で現在行われている債権法改正の検討作業においても、本条約は有力な立法モデルの一つとして参照されている)、本条約の成功に関する懸念は払拭されたといえる。また、わが国の貿易をめぐる環境も変化した。すなわち、貿易相手国が多様化し(特に中国をはじめとする東アジア諸国 注2 との貿易の拡大が目覚ましい)、それにともなって当事者が多様な法体系に対応する必要性も増大したのであるが、他方で、そのような対応をする体制が必ずしも整っていない中小企業による貿易も拡大しており、統一法の有用性が実感されるに至っていた。今般、わが国が本条約への加入に踏み切ったのには、このような背景がある。


■ 本条約の概要

1 どのような契約が適用を受けるか

① 適用基準
 本条約は、締約国が法廷地となった場合において、まず、異なる締約国に営業所(営業所が複数ある場合にはその契約に最も密接な関係を有する営業所(10条))が所在する当事者間の物品売買契約に適用される(1条⑴⒜)。これが、本条約適用の最も基本的なパターンである。
 さらに、国際売買における当事者の一方または双方の営業所が非締約国に所在するときでも、締約国が法廷地であって、その国際私法の準則によった場合いずれかの締約国の法が準拠法として指定されるのであれば、その裁判所は本条約を適用することになる(同条⑴⒝)。日本が法廷地となった場合を例にとれば、わが国とタイや英国など非締約国との貿易取引であっても、例えば、当事者が日本法を準拠法として選択しているときや、その契約の最密接関係地が日本であるときには本条約が適用される(法の適用に関する通則法7条・8条1項参照)。後者の場合、物品売買契約の最密接関係地は輸出国であると推定されるから(同法8条2項参照)、日本から非締約国に向けた輸出取引にも、通常は、1条⑴⒝によって本条約が適用されることになろう。
 もっとも、一定の要件を満たす消費者による売買等については適用除外が定められている(2条)。また、売主が目的物引渡義務・所有権移転義務等以外に、役務を提供する義務も負う場合については、それを売買契約と性質決定してよいかどうかが問題となるが、これについては、売主の義務の「主要な部分」が役務の提供から成る場合(例:プラント輸出契約、フランチャイズ契約の多く)には、本条約は適用されないとされている(3条⑵)。
② 合意による適用排除
 以上の適用基準を満たす契約であっても、当事者は、合意によって本条約の適用を排除することが認められている(「当事者は、この条約の適用を排除することができるものと〔する〕」(6条))。当事者が本条約の適用を排除した場合、その契約に適用される法は、国際私法によって指定されることになる。
③ 時間的適用範囲
 なお、日本が法廷地となった場合において、本条約が適用されるのは、わが国について本条約が発効する本年8月1日以後に締結された契約についてのみである(100条⑵)。ただし、契約締結プロセスが同日以前に始まっていた場合には、その契約締結プロセスには本条約は適用されない(同条⑴)。



注1
わが国は本条約の署名解放期間(91条(1))内に署名をしなかったため、本条約の締結手続は、「批准」ではなく「加入」による。
注2
現時点で本条約の締結国となっている東アジア諸国は、中国(86年)、シンガポール(95年)、韓国(04年)、日本(08年)の4か国(括弧内は締結年)にとどまるが、ASEAN域内さらにはASEAN+3の経済連携が強まるなかで、ASEAN諸国においても本条約締結に向けた動きの具体化が予想されている。

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