ウィーン売買条約発効後の実務対応(1)

2009年7月13日|吉川英一郎 大阪学院大学法科大学院教授/大貫雅晴 社団法人日本商事仲裁協会理事/小林和弘 弁護士・ニューヨーク州弁護士/竹下 香 ダイハツ工業法務室室長
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08年に日本が条約に加入してからも、実務での関心が高いとはいえなかったウィーン売買条約(CISG)であるが、いよいよ09年8月から日本でも発効する。今後、企業が考えるべき影響や対応策はどのようなものだろうか。
企業の法務担当者、弁護士、実務家出身の研究者など4人の専門家に、それぞれの立場から議論していただいた。
以下、(1)~(2)ではオプトアウトの活用など総論的内容を、(3)~(5)では、解除、保証など各条項の問題点について検討する。
(Business Law Journal 2009年5月号および6月号に掲載)



1.CISG加入は歓迎すべきことか
吉川  さて、CISGへの加入を日本が果たし、08年7月に加入書が国際連合に寄託されています。そして、今年、09年の8月からは日本において条約が発効するわけですけれども、これは日本企業にとって歓迎すべきことなのか、あるいは歓迎すべからざることだと評価するのか、その辺をまず伺いたいと思います。

大貫  CISGの前文の後段には「異なる社会的、経済的及び法的な制度を考慮した国際物品売買契約を規律する統一的準則を採択することが、国際取引における法的障害の除去に貢献…」というくだりがあります。日本はCISGの71番目の加盟国となりますが、国際物品売買契約法の世界的な調和化という点において、貿易大国である日本が加盟する意義は非常に大きいと思っております。また、国際商事仲裁に携わる者として仲裁に対する好影響を指摘したいところです。CISGの規定には、「裁判所又は仲裁廷」と二つを併記している箇所があるように、国際的な商事紛争の解決にあたっては、仲裁がグローバルに活用されております。国際商事仲裁手続においても、CISGによる国際物品売買契約法の世界的標準化の意義は非常に大きいものではないかと思っています。
 CISG加盟による企業のメリットですが、第一に、外国法が準拠法に指定された場合でも相手方の営業所がCISG加盟国にあれば、CISGが適用されるので外国法の調査の必要性が低くなり、外国弁護士の必要性も低くなって、リーガルコストの低減につながるのではないかということ。
 第二に、CISGをベースとすることで、外国法への対応が最小限で済み、準拠法条項の契約交渉の時間を省けること。合意管轄条項や仲裁条項の交渉においても、例えば紛争処理地について、複数の選択肢があり、いずれにするかが交渉のネックとなることがあります。CISGの適用が選択肢の差異をある程度解消することになるわけです。
 最後に外国企業の視点から見ると、日本の法律は外国ではあまり知られていないため、日本法を準拠法とすることが拒否されることが多いわけですが、日本のCISG加盟により、日本法の指定も受けいれられやすくなるんじゃないかということです。

吉川  私からも、日本の電機メーカーの法務担当者だった経験から一言加えますと、契約交渉において、日本法を準拠法とする交渉をすることは非常に難しい。相手方は恐らく呑まないということがわかっていながら交渉せざるを得ない。一方で、日本以外の国の法を準拠法とすることになりますと、その各国の法を調べないといけないのですが、たくさんの国の法を調べるのは大変なわけです。準拠法条項の交渉には困難さがあるということを感じておりましたから、世界のスタンダードとしてCISGが定着して大きな地位を占めることは、法務の立場から見て、各企業にとって良いことだなというふうには思います。同じく、メーカーで法務をされている竹下さんはどういうふうにお考えでしょうか。

竹下  正直なところ迷っています。良かったのか悪かったのか。先程吉川先生は日本法を準拠法にするのは契約交渉上難しいとおっしゃったんですけれども、恐らく、それぞれの企業の立場や業界によって事情が違うのではないかと思います。当社はたまたま完成車メーカーということで、交渉において比較的有利な立場にあることが多いので、実は、日本法を指定する準拠法条項でも、そんなにもめたことがないんですね。各国政府の要請で進出するような場合には、もう相手国法と決まっているケースもありますが、そういうのを別にすれば、大体が日本法で合意しているのが現状です。それを、日本法ではなく、私どもになじみのないCISGに変わりますよというのはどうかと。やっぱりなじみの深い法律を適用したいところです。それがダメならCISG、絶対避けたいのは、全然知らない相手国の法律という順序だろうと思うんですね。だから、自分の企業がどこからスタートするかによって見方は違うのかなと思います。
 条約の中身自体は、これはこれで良い制度、中身だと思うんですけれども、当社に関していえば、今までと違ってきてしまうので、それがどれくらいの違いなのかという不安があります。特に、条約が規定しているのが売買に関する部分だけなので、それ以外のことを同じ契約で定めてしまうと、全体がどう扱われるのかまだ見えていないというのが迷っている最大のポイントです。

吉川  関西で、国際事案をたくさん扱っておられるきっかわ法律事務所の小林先生はこの条約をどういうふうに評価されますか。

小林  私自身の経験から申し上げますと、準拠法の決定というのは、当事者間の交渉力に大きく左右されます。特に、欧米企業との契約においては、日本法を準拠法とすることは難しい。他方で、それならCISGで合意できるかというと、逆の不安もあります。というのも、彼らが提示してくる準拠法条項は、例えばCISGの適用を排除したニューヨーク州法であったり、あるいはCISGの適用を排除したドイツ法であったりということが結構あるからです。他方、日本企業が、韓国や台湾や東南アジア諸国との間で契約を締結する場合には、極端な場合日本語の契約で、日本法が準拠法で、執行承認の問題もありますけれども、日本の裁判所が専属管轄になっているというような契約書もあるので、このCISG適用が日本の企業にどういう影響を及ぼすのかと気になっております。具体的には、日本の企業が、立場が強いときに、わざわざ「CISGの適用を排除した日本法」という提示をしなければならなくなるということで、ある意味、交渉しにくくなるという気がしております。また、日本法が準拠法の既存の契約について、今後、何か対応しなければならないのではないかという点も問題だと思っています。

吉川  竹下さんと小林先生に伺いたいのですが、日本法は、現時点では英語化されていなくて、世界のスタンダードにはなかなかなり得ないんじゃないかと思うのですが、それでも日本の実体法を準拠法として推進していかれるというお気持ちもおありなんでしょうか。あるいは先程ニューヨーク州法の話が出ましたけれども、ニューヨーク州法を使いたいというご希望もあるんでしょうか。

小林  契約はケース・バイ・ケースで違うのですけれど、今まで日本法を準拠法にできたのに、今後CISGが適用になってしまうのは、日本企業にとってデメリットではないかと思われます。CISG自体適用範囲が限定され、書かれていないことも多い、また、書かれていてもその解釈がどうなるのか、不明確な点があるわけです。そういう点からすると、日本法で合意することができるケースでは、CISGの適用を排除した日本法で合意したほうが良いのではないのかなと思っています。
 他方で、ニューヨーク州法とかイギリス法なども、その適用範囲や解釈はある程度調べればわかるわけです。そういう国の法のほうが、法的な安定性や解釈のわかりやすさといった点で、準拠法がCISGになるよりは良いと感じております。

吉川  なるほど。場数を踏んでおられる小林先生らしいコメントだと思いますが、竹下さんはどういうふうに思われますか。

竹下  今、外国法を準拠法として契約してしまっている企業からすれば、「それならCISGのほうが自分たちでも相手方と同じように扱える」ということになるのではないでしょうか。つまり、どっちの企業も、CISGの理解について偏りがなくなるといえるでしょう。ただ、現状で日本法が適用できてしまっているということは、ある意味では「今アドバンテージを持っています」という状態であり、それはそれで良いことだと思うんです。
 現時点で、CISGこそ良いという決定打的なものはありませんが、8月にCISGが発効して数年すると、今とは全然違う世界になるんでしょうか。やはりわからないものに対する不安があります。例えば、自動車を単に売買する契約ではなくて、その販売権を扱うもの、逆に海外で生産してもらう契約ならその契約中で製造ライセンスを一緒に扱うことがほとんどなので、そうすると、販売権やライセンスにはこのCISGは全く関係ないのか。あるいは、日本民法・商法が適用されCISGも絡んでくるのか、など、色々考え出すと、わからないところが多いなという感じです。

小林  竹下さんがおっしゃるように、売買だけにとどまらないような契約も世の中にあるわけです。最近、「CISGに加入すれば、準拠法条項も定めなくてよいのだ」とか、あるいは準拠法条項について「単にCISGとだけ書けばよいのだ」というような議論もあるのですが、売買にとどまらないような契約まで考えたときに、やはり問題があるのではないかと考えています。

大貫  小林先生も竹下さんも、基本的には、法務スタッフを持つ大企業を念頭に置いたご発言だろうと思われるわけですが、国際物品売買を実際に行っている大多数は、いわゆる中堅中小企業です。そういう企業は、単に輸出入売買だけでなく、販売店契約にしろ、OEM調達契約にしろ、契約交渉のときに、果たして準拠法の交渉を実際やっているのかどうか。契約書の中に準拠法規定が入っているかどうか。中小零細企業の場合、契約書すら作らないこともあるわけです。一方、日本がCISGに加入したことで、自動的にCISGが適用されることになります。そこをやはり評価していただく必要があると思います。

竹下  確かに、知らないうちによその国の法律が適用されてびっくり、というぐらいなら、CISGが適用されたほうが良いのでしょうね。

吉川  私の経験からいいますと、準拠法条項が契約書にないということもあるのですが、実はその中には、長々と交渉した結果、妥当な合意に至らずにやむなく準拠法条項を外してしまったというケースも含まれます。そういう意味では、やはりCISGがあったほうが良いんじゃないかと。CISGについては、不安なところがまだまだ多いという批判、そして適用範囲が非常に狭いという批判もあるわけですが、とにかくこの物品売買についてのCISGという条約をうまくリリースしないと、世界で、このような「法を統一する条約」が広まらないということに結局なってしまうのではないかと思います。売買に限らず、ライセンスとか、その他の類型の契約についても適用できるような条約が今後出てくるようにするためにも、このCISGは成功させないといけません。実際、CISGは世界でほぼ成功の域に達していて、日本が乗り遅れているという段階に気づいてようやく加入を果たしたわけですから、後ろ向きではなくて、前向きに捉えていくほうが良いのではないでしょうか。

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