ウィーン売買条約発効後の実務対応(3)

2009年7月15日|吉川英一郎 大阪学院大学法科大学院教授/大貫雅晴 社団法人日本商事仲裁協会理事/小林和弘 弁護士・ニューヨーク州弁護士/竹下 香 ダイハツ工業法務室室長
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20090715-1.jpg5.過失責任主義の否定 注1 と不可抗力 注2 という概念
吉川  ここからはCISGの具体的な中身に触れていきたいと思います。CISGと日本法の大きな違いの一つですが、債務不履行の要件として「過失」を要求するかという問題があります。CISGは、「無過失であっても、きちんと契約を履行していない場合は責任を問う」というスタンスですが、一見これは日本法と大きく違うようにみえます。CISG加入後に、これは大きな問題になりそうですか。

小林  日本法においては、債務不履行については過失責任主義だと一応解釈されていますが、契約において履行すべき債務に既に合意していてそれを履行しない場合、過失があると推定されます。逆に無過失であると立証していくことは大変です。そうすると、CISGと日本法とではそれほど違いは出てこないようにも感じております。

吉川  規定の上で一見大きな違いがありそうでも、実務ではあまり問題なさそうだということですね。もう一つ、不可抗力についての規定がありますよね。これも、日本の取引関係者や法曹にとっては、なじみがないものかもしれませんが、その点はいかがですか。

小林  確かに、日本法上、売買においては、不可抗力はなじみが薄い概念だとは思います 注3。ただ、日本法が準拠法であっても、英文の売買契約においては、通常「不可抗力条項」があるので、実務的には、それほどびっくりするような話ではないと思います。実務で英文売買契約書に書かれている不可抗力条項と、CISGの不可抗力条項との違いがどうなるのかという問題はありますが、CISGが任意規定であるということを前提とすると、それほど大きな問題ではないのかなという気もします。

竹下  そうですね。債務不履行や不可抗力の場合などは、契約条項として書いてしまうことが多いので、CISGが問題だということはないでしょう。要するに、契約書できちんと手当てをしておけば良いという感覚ですね。

6.重大な契約違反でなければ解除が認められないこと
吉川  CISGの基本的なスタンスとして、なかなか契約解除を認めないという点が挙げられます。CISGは、当事者間に契約関係ができると、できるだけその関係を壊さないように配慮しているようでして、ファンダメンタル・ブリーチ(fundamental breach)でなければ契約の解除は認められないという規定が置かれています 注4。この点も日本法とは少し違うように思うのですが、どのように評価されますか。

小林  確かに純粋に日本法を前提とするとかなり違ってくるようにも思われますが、一般的に使われている契約においても解除条項は書かれてあります。そうすると、その点についてもそれほど大きな問題はないような気がします。しかし、先ほどCISGは基本的に任意規定であることを前提として話しましたが、CISGが契約をできるだけ存続させようとする立場を採っていることからすると、この契約解除に関する規定についても、本当に任意規定として解釈されるのかどうかは不安があります。例えば、よく「マテリアル・ブリーチ(material breach)があった場合には解除ができる」という契約条項を置きます。ここで、マテリアル・ブリーチとは何か問題となります。CISGはファンダメンタル・ブリーチという用語を使っているので差があるのかもしれません。意味を確定するために、さらに、買主が代金支払義務を履行しないことはマテリアル・ブリーチであると書いてある契約があります。CISGが任意規定であるとの理解では、この条項に基づいて直ちに解除できるということになりますが、本当にその解除が有効なのかどうか、気になるところです。

大貫  よく似た例で、英文契約書に"Time of shipping is of the essence of the Contract." 注5 という規定がありますよね、これはコモンローからきているわけです。コモンローの場合、契約が履行されない場合の条件としては、相手方が直ちに契約解除できる条件をコンディション(condition)といい、必ずしも契約解除できず、損害賠償に止まることもある条件をワランティ(warranty)といいます。単なるワランティ条項を、この合意規定によってコンディション条項に格上げすると、"Time of shipping..."の違反をもって、直ちに契約を解除することができるというストーリーになります。そのためにこの条項が入っていると思うんですよね。コモンローだからそれでいいわけですけれども、これがCISG適用になった場合に果たしてその合意規定が生きるのかどうか。CISGでは催告が必要で、催告を出してそれでも不履行の場合に契約解除できるという枠組であったはずです 注6。そうすると、当事者間のこの合意条項はどのように解釈されるかという点はちょっと心配なところだと思いますね。

吉川  CISGは基本的に実務に近いことを想定しています。もともと契約当事者はせっかく結んだ当事者関係、契約関係ができるだけ壊れないよう意識するものですよね。できることなら相手方と交渉して壊れかけた関係をもとへ戻したいというふうに思うわけですから、法律が厳しく「契約解除できる」というふうに定めていることが当事者関係の邪魔になるということもあるわけで、CISGはそういうことを配慮して、当事者のために簡単に解除してはいけないよということを言っているような気もするのですけれども。

竹下  確かに、「1日でも支払いや船積み遅延があれば、直ちに解除です」というふうに実務上なるかというと、そうはならないですね。それをしようと思うときには多分他の理由があるのでしょう。国際取引だとそういった不履行は往々にしてあるわけで、CISGがあることによって、契約がより柔軟に解釈されることはあるだろうとは思いますね。特に、大貫先生がおっしゃったように、例えばアメリカでの裁判だと英米法系の解釈に流れるのでしょうが、日本で裁判をするときは、どうなるでしょうか。

小林  「いかなる代金の支払い遅滞でも重大な契約違反だから直ちに解除できる」と書いてあっても、日本の裁判所がその解除を直ちに認めるかどうか怪しいところがあると思います。

大貫  一方、コモンローの場合は、あくまでも契約は厳格に守るべしという法ルールがありますので、そうすると当事者の合意規定の重みというのは微妙に違ってくるということはあると思うのです。

竹下  逆に本当に解除までしたいというときは、事あるごとに警告を出すなど相手に対して働きかけをしておかないといけないと思います。勝手に心の中で不満をためておいて突如「解除する」といったことはできないのだという理解が必要でしょう。

大貫  ところで、ユニドロワ原則にもCISGと同様のファンダメンタル・ブリーチの規定があります。CISGと違うところは、重大な契約違反とはどのようなものであるかについて、より具体的で詳細な規定があることです 注7。参考になるのではないでしょうか。



注1
第45条 (1) 買主は、売主が契約又はこの条約に基づく義務を履行しない場合には、次のことを行うことができる。
(a) 次条から第52条までに規定する権利を行使すること。
(b) 第74条から第77条までの規定に従って損害賠償の請求をすること。
*買主の債務不履行については61条1項に同様の規定がある。

注2
第79条 (1) 当事者は、自己の義務の不履行が自己の支配を超える障害によって生じたこと及び契約の締結時に当該障害を考慮することも、当該障害又はその結果を回避し、又は克服することも自己に合理的に期待することができなかったことを証明する場合には、その不履行について責任を負わない。

注3
日本法にも不可抗力の概念が存在しないわけではない。民法419条3項は、金銭債務の不履行による損害賠償について、不可抗力をもって抗弁とすることができない旨を規定している。

注4
第49条 (1) 買主は、次のいずれかの場合には、契約の解除の意思表示をすることができる。
(a) 契約又はこの条約に基づく売主の義務の不履行が重大な契約違反となる場合
(b) 引渡しがない場合において、買主が第47条(1)の規定に基づいて定めた付加期間内に売主が物品を引き渡さず、又は売主が当該付加期間内に引き渡さない旨の意思表示をしたとき。
*売主による契約解除については64条1項に同様の規定がある。

注5
「出荷時期こそ本契約の重要な要素である」という趣旨の規定。

注6
46条に履行請求権、47条に履行のための付加期間の設定、48条に売主の追完権の規定があり、解除にあたっては、これらの規定を49条の契約解除権の規定と併せて解釈する必要がある。

注7
ユニドロワ国際商事契約原則7.3.1条2項は「債務の不履行が重大な不履行にあたるか否かを判断するにあたっては、特に次の各号に定める事情が考慮されなければならない」と規定する。その(a)号は、CISG25条とほぼ同旨だが、そのほかに、重大な不履行の態様を規定する(b)ないし(e)号が加えられている。

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