ウィーン売買条約発効後の実務対応(4)
2009年7月16日|吉川英一郎 大阪学院大学法科大学院教授/大貫雅晴 社団法人日本商事仲裁協会理事/小林和弘 弁護士・ニューヨーク州弁護士/竹下 香 ダイハツ工業法務室室長| 座談会 | コメント (0) | トラックバック (0) |
9.条約の対象となる契約範囲の把握
小林 契約成立に関するCISGの条項も、理屈を言えば、任意規定なのかどうかというのが一つ問題になる気がします。契約の成立について、当事者間で別に定めたことが有効になるのか。あらかじめ基本契約書があって、そこで「個別契約はこういう形で成立する」と定めてあれば、その定めに則らない限り個別契約は成立しないと解釈してよいのか。さらには基本契約ではなくて、その前のレター・オブ・インテントなどで契約の成立について定めていた場合には、このCISGの条項の適用を排除して、レター・オブ・インテントで定めた内容でしか契約が成立しないのかということは一つの問題だと思っています。
大貫 レター・オブ・インテントの存在まで想定するのであれば、私は、そのレター・オブ・インテントの法的性格によって変わってくるんじゃないかと思うんですね。一般論としては、レター・オブ・インテントというのは、多様な取引に用いられる、最終契約書というものを前提とした単なる中間的合意書です。実務では、一般に、「最終契約の締結を前提とする…」旨の規定がおかれます。ただし、その内容、交渉によってはレター・オブ・インテントが契約書として取り扱われることもあるわけです。そうではなく、最終契約書が締結されるまでの交渉途中の単なる中間的合意書であれば、基本的には最終契約書が適用されるはずです。問題は、レター・オブ・インテントはあるが、最終契約書締結に至らなかった場合ですよね。
小林 そうですね。レター・オブ・インテントによれば売買契約が成立しないと思っている当事者がいる一方で、実はCISGの規定に則れば契約が成立したと見られるような場合に、どちらなのかということは実務的に問題になりそうな話だと思います。頻度としてどれほど多いかは別ですが。
大貫 前提としてレター・オブ・インテントという文書の法的性格を考えた場合に、その合意内容は別にして、契約が成立したか否かは、当事者の意思、意図がどうであったかが問題となります。最終契約としての意図があったかどうかですね。CISGの射程範囲の国際商品売買契約を前提として、レター・オブ・インテントが有効であるという判断根拠をCISGに求めるとすると、14条1項の申込みの要件、18条1項の承諾の規定ということでしょうか。
小林 そうすると、レター・オブ・インテントを締結していても、契約の成立については、ひょっとしたら当事者のCISG排除の合意が優先されず、CISGの規定が適用されるという可能性もあるのでしょうか。
大貫 レター・オブ・インテントの準拠法規定にCISGのオプトアウトの合意規定がある場合は、6条の規定によりCISGは適用されないのではないでしょうか。レター・オブ・インテントの対象とする取引内容がCISGの射程範囲であるとしても、CISGは中間合意書の書面の法的性格については、何も言ってないわけであってね 注10。CISGにおいて明示的に解決されないものについては、7条2項に基づき、この条約の基礎をなす一般原則、または国際私法の準則により適用される法によって解釈されるのではないかと思います。
小林 それでは、問題は、レター・オブ・インテントだけではなく、基本契約でも、個別的ないくらのものをいくらで買うという話でない場合には、CISGが適用される売買契約にならないのかという疑問が生じます。そうすると個別契約の成立は、その基本契約に定める規定どおりにいくのかどうかという問題が理論的にはあるという気がします。
吉川 そうですかね。CISG自体は3条1項で「物品を製造し、又は生産して供給する契約は、売買とする」と書いていますから、それに該当すれば全部売買で、条約の射程に入ってくると解釈すべきじゃないかと思うのですが。基本契約で売買のこと、つまり、その物品を製造、供給することが規定されていれば、それは条約の射程に入ってくるというふうに読まないと、条約の記述する範囲が非常に狭くなってしまうことになります。その以前のレター・オブ・インテントがどうかというと、微妙かもしれませんけど、やはり製造、生産に関するレター・オブ・インテントならそこに組み込んで考えないとおかしいのではないでしょうか。
大貫 生産ということですけれども、純粋な加工賃ベースの委託加工は除外されてますね。
吉川 それは除外されています。3条2項ですね。
大貫 例えば、売り主の基本義務として、物品の引渡しと書類の引渡しと所有権の移転について、CISGに規定がありますよね。これが射程を示す大きな要素になるのではないかと見ているのですが。そういう意味では委託生産などの場合は射程外となり、プラント契約でも売買形式の場合は射程範囲内になる。いわゆる請負的なフルターンキー 注11 などの場合、射程外であるというような判断になるのではと見ています。
小林 日本法においては、売買は、要するに物の所有権を渡して相手方から代金をもらうという形なのです。それがある程度特定されていないといけないのではないかと。他方で、実務的には基本契約があっても、日本法には契約自由の原則もありますので、当事者間の合意を前提としておかしくない。具体的に、物なり、その代金なりが定まっていないような基本契約自体が売買契約といえるものかという日本法的な考え方と、CISGでいう売買の概念は一致しないかもしれないという点は、我々日本の法曹も、意識しておいた方が良いと思います。
大貫 要は、CISGのターゲットになるのは国際商品売買であって、個別売買のときにそれが適用されるということですね。その個別売買契約の基本的な条件について当事者間の合意が基本契約に入っているということであって、そういう意味では、すべての基本契約にCISGが適用されるかというとそうではないですよ。販売店契約についても、それは個別売買契約に適用されるわけですが、例えば、販売店契約の契約解除の場合にCISGが適用されるかというと、適用されないのではないかと思いますね。
吉川 それはちょっと違うんじゃないかと思いますが。
竹下 でも、販売店契約の契約解除はCISGだといわれると、かなり違和感がありますよ。
大貫 それは個別売買じゃないですからね。
竹下 個別の売買の、このシップメントを取り消すなどという話だと、ああそうかなと納得はいくのですが。
大貫 代理店保護法とか強行規定が直接適用される可能性もあるわけですし。
吉川 代理店保護法が公法として適用される分には、それは仕方ないということですが、当事者が準拠法を指定する中でCISGを組み込めるかという次元の話については、販売店契約が物品売買を規律している部分について、一体として解釈しないとおかしいですよ。
大貫 個別売買契約の解除はできるが、継続的取引の基本契約の解約は別問題として、私は考えていますけどね。果たしてそれにCISGが適用されるかは疑問に思っています。これは解釈問題なので断定できません。重要な問題ですけどね。
竹下 そうなってくるとますます、本当にCISGでよいのかという不安な気持ちになります。個別契約だけの話だったらいいのですが。
小林 そうですね、CISGの適用があるのかないのか、違う部分について何法が適用されるのかという問題も出てくるでしょう。だから、非常に難しい問題となってきますし、仮にCISGが適用されて、その販売店契約、継続的契約もCISGで契約解除できるとなっても、別の国で公序違反を問われることなくそれが承認執行されるのかという問題も出てきそうで難しいですね。ところで、基本契約に個別契約の成立方式を規定している場合の話に戻りますが、仮に基本契約にCISGの適用がないとしても、一つの解釈としては、個別契約のofferのときに、既に成立している基本契約を考えると、基本契約のこういう場合に契約が成立するという条項を前提とした個別契約のofferであるから、原則的には基本契約に依拠して大丈夫ではないかという気はしていますが。
注10
ユニドロワ原則では中間合意書に言及している。
2.1.13条 交渉過程において、当事者の一方が、特定事項に関する合意または特定方式による合意に達するまでは契約は締結されない旨主張するときは、当該事項に関する合意または当該方式による合意の前には契約は成立しない。
注11
フルターンキーは、「鍵を回せば」すぐに使用できる状態でプラントを引き渡す契約条件のことで、通常は性質上、請負契約とみられる。土木・建築工事、プラント機械の設計、機器の調達・据付、管理、試運転、従業員の訓練などがパケッジされている。参照:絹巻康史(編著)『国際商取引事典』(中央経済社、2007)244頁
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